透明な轟音は海のように──DIIV at KOKO

透明な轟音は海のように──DIIV at KOKO

昔、好きだった女の子が教えてくれたバンドだった。ニューヨークはブルックリン出身のドリームポップ/シューゲイザー・バンド、DIIVだ。「彼女が楽しみにしている来日公演に行けば、彼女に会えるかもしれない」、そんな不純な気持ちでDIIVの来日を待ち遠しく思っていたら、いつの間にかパンデミックが始まり、彼らの来日公演もキャンセルになってしまっていた。

好きな女の子と仲良くなりたくて聴き始める、そんな下心のある出会い方だったと思う。いつしか彼女との縁は途切れてしまったが、それからもずっとDIIVを聴いている。初めて聴いたのは3rdアルバムの『Deceiver』だった。シューゲイザーが中心にありながらグランジに寄っているようなダークなサウンドと、その陰鬱な雰囲気がたまらなく好きだ。そこから遡るように聴いてきたからか、自分の中でDIIVの音楽はどんどんと純化していく感覚にあった。1stアルバム『Oshin』を聴いた時に、そのタイトルの由来が「Ocean」、すなわち「海」から取ったという話を聞いて、すんなり腑に落ちたのもそのせいだろう。『Deceiver』から『Oshin』へと付け加えられた要素が削ぎ落とされていく中で、最後に残っていたのは海の揺らめきのような透明さだったからだ。

DIIVがヨーロッパツアーを発表したのは昨年の11月末。僕は翌年からロンドンに行くことが決まっていたこともあり「やっとDIIVが観られるのか」と、そわそわしていたのを覚えている。いつの間にか、ちゃんとDIIVが好きと言えるようになっていた。その時はロンドン公演が発表されていなかったが、後に追加されたロンドン公演を、僕はすぐさまカレンダーに書き入れた。

時は流れ、7月末。ライブを一週間前に控えたDIIVのInstagramには「ロンドンのショーでは何か特別なことをしたかったから、『Oshin』を全て演奏してから始めることにするよ。キャリア初期からずっと僕らを応援してくれているこの街のために、このパフォーマンスをしたいんだ。」という投稿があった。彼らにとってデビュー作となった『Oshin』のリリースから今年で10周年。ヘイトスピーチによるメンバーの脱退や、バンドの中心人物であるザカリー・コール・スミス(Gt. Vo.)の.薬物依存、決して平坦な道のりではなかったであろうバンドは、真夏の夜に極上のシューゲイザーを鳴らす。

8月3日、ロンドンはイギリスの短い夏のど真ん中にあった。古着、音楽、雑多な雰囲気、まさにロンドンの原宿とも言える北ロンドンのカムデン・タウン(Camden Town)から15分ほど歩くと見えてくる立派な建物が、今回のヴェニューであるKOKOだ。KOKOは1900年に劇場としてオープン。その後は映画館・BBCのスタジオ・ライブハウス…と、名前と共に変遷していった。キャパシティは1,400人。一歩会場に足を踏み入れると、ライブハウスらしからぬそのラグジュアリーな雰囲気に魅了された。

ドリンクバーにはシャンデリアが設置してあり、3階席には円卓型のテーブルスペースもある。喫煙所になってるテラスも、リゾートホテルにいるかのような作りでまさに豪華絢爛。実はこのKOKO、再オープンしてからまだ半年も経っていないのだ。2020年の1月、改修工事中に発生した大規模な火災によって数百万ポンドをかけた改装工事が行われ、それが終わったのは今年の4月のことだった。それもあって、ロンドンの大型ヴェニューの中でもかなり綺麗な作りになっている。その雰囲気も作用して、今からシューゲイザー・バンドを観る実感が湧かない。

しかしオープナーを務めたKing Hannahを観ると、そんなことはすっかり忘れていた。リバプール発のダウナーなフォーク・サウンドが特徴的なデュオだが、音源からは想像できないほど音が大きい。セットリストの終盤で演奏していた「Go-Kart Kid (Hell No!)」のアウトロは既に轟音と言える大きさで、DIIVのステージは一体どうなってしまうのかと思わず笑ってしまった。

開演の5分前、ステージのスクリーンにDIIVの文字が浮かび上がると大きな歓声が上がり、定刻を迎えた20時45分、波の揺らめきのような映像をバックにメンバーがステージに上がった。キャップの下に2つ結びという特徴的な髪型だったアンドリュー・ベイリー(Gt.)は満足そうにフロアを見ては、煽るような素振りをしている。ライブは『Oshin』の「(Druun)」でスタート。弾むスネアの最初の音だけで、それまでガヤガヤしていた会場の空気が一瞬にして変わった。続けざまに「Past Lives」が始まり、フロアが小刻みに揺れ始める。スクリーンには街の風景や車窓、メンバーの日常など、どこにでもあるホームビデオのような映像がずっと映し出されていたが、それがまたDIIVの音楽の持つ透明さを表しているかのようだった。いつでも、どこでも、すぐそこにある音楽。それはまるで水のようだ。体が浮かぶような轟音が会場を満たしていく。

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『Oshin』の代表曲とも言える「How Long Have You Known」で、メロディーは寄せては返す波のようにフロアへ流れ込んだ。タイトにリズムを刻むコリン・コーフィールド(Ba. Vo.)とベン・ニューマン(Dr.)の土台の上で重なり合うザカリーとアンドリューのギターの音色が心地良い。それでも耳が圧迫されるような轟音には変わりない。随所で耳栓をしていたが「思ったよりも小さいかな?」と外す度に、耳が吹き飛びそうになったことは面白い。しかしその中でも、ザカリーの歌声が綺麗に聞こえてくるのは、本当に不思議な体験だった。歌声は決して力強い訳ではないのに、その破壊的な轟音の中をスルスルとすり抜けていく。全てがギリギリの所で絶妙なバランスを保っている。

「(Druun, Part II)」が終われば『Oshin』も後半戦。始まった「Follow」には思わず歓声をあげてしまった。どのアーティストにも1stでしか表現できない音楽があると思ってしまうが、DIIVにとってこの「Follow」はそんな曲のように感じる。初期衝動、焦燥感、寂しさ──ぴったりと当てはまる言葉はいつまでも見つけられないが、聴く度に10代の自分に教えてあげたくなる音楽と、その轟音の中で静かに泣いてしまった。その後は「Doused」、「Home」と続き『Oshin』全曲を演奏し終えたDIIVはステージを降りた。

ここで終わっても大満足だが、まだまだライブは続く。メンバーが再びステージに上がると、2ndアルバム『Is The Is Are』の「Under the Sun」でアンコールがスタート。そのまま「Loose Ends」と、キャリアをなぞるようなセットリストの中、「Skin Game」で3rdアルバム『Deceiver』に雪崩れ込んだ。今まで寄せては返す波のようだった音が、大きくうねりをあげた濁流になって、フロアを叩きつけていく。彼らの定義するシューゲイザーの引き出しの多さを、『Deceiver』の楽曲たちで改めて実感する。暴力的なサウンドに包まれて始まった「Like Before You Were Born」では、重々しい轟音と歌声の浮遊感のギャップに一種の祈りのようなものも感じた。川の水が海に流れつくように、ラストは「Horsehead」で重厚な余韻を残しライブは終了。DIIVというバンドが辿ってきたキャリアを追体験するようなライブだった。

余韻に包まれた会場の拍手はまだまだ鳴り止まない。再度出てきた彼らが鳴らしたのは『Deceiver』の中でも特にアップテンポな「Blankenship」だった。思わず体が慄いてしまう音圧にフロアは熱狂に包まれる。殴りつけるような轟音のアウトロでは、会場は今日一番の盛り上がりを見せた。モッシュ、ダイブ、何でもありで遠目から眺めていたフロアは大きな人波で溢れていた。そんな轟音も音が止まれば一瞬で静寂に戻る。ザカリーの「ありがとう! ロンドン!」という一言は、ライブが大団円に終わった証明だった。

帰り道に耳鳴りが続いたことは言うまでもない。全23曲があっという間に終わってしまい、念願のDIIVを観たという実感は全く湧かなかった。やはり彼らが奏でる全てを流し飲み込む轟音はまるで海のようだ。それは時に穏やかで、時に激しく、揺らめく透明な音楽となって僕らの生活を包み込んでいる。

Kaede Hayashi