【ライブレポ】未来の音楽を味わう愉悦──カマシ・ワシントンの目指す理想郷
写真=井上恵美梨
文句なしの名演だった。「十年一剣を磨く」。9月21日(水)、恵比寿GARDEN HALLにて、この日のライブのアンコールである「Re Run」が終わって万雷の拍手と歓声が起こり、客電がついた瞬間に、そんな古めかしい言葉が頭を過ぎった。カマシ・ワシントンは1つのライブ(あるいは音源でもいい)を作り上げるために己の血肉を捧げ、魂を磨き上げ、それを音やライブに昇華している印象を強く感じる。静寂とアグレッシヴさを行き来するクレバーでクリアーな音の群れ、それらが生み出す観客の胸を高鳴らせる解放感のあるグラデーション豊かな音像。会場から外に出ると、そんなカマシの精魂込めた音の圧力から解放されて、ようやく安堵のため息をつくことができた。

演奏のスタイルはジャズである。ジャズを聴いているというイメージもできる。それでも、鳴らされている音は、様々な出自を持つ人にとって、ロックやソウル、ファンクやヒップホップ、メタル(彼はメタリカのカバー・アルバムに参加している)やR&B、ワールド・ミュージックなどの音を想い浮かべるかもしれない。ライブの端々から「これからの時代に鳴らされる音」という形容できない音楽の嵐が吹き荒れているからだ。カマシの音楽にかける求道者のようなピュアな情熱と、リアリズムを突き抜けた、彼の楽曲に対するオブセッションすれすれの孤立した魅惑的な音のビジョンが観客の前で展開するライブによって、感じ方も聴き方も変わってくる。まさに見えないものが見え始め、聴こえないものが聴こえ始める。「未来の音楽を味わう愉悦」があるライブだった。言い換えれば音楽による「自由」の獲得と言えるかもしれない。
しかし、彼に特徴的なのは、そうして知識や経験を蓄え、鍛えてきた音楽的素養を感情の赴くままに発散させるのではなく、むしろ激しい意志によって押さえ込み、極めてストイックに演奏していることだ。決して独りよがりではなく、彼なりのスタイルで、彼なりの音楽を作り上げたのだ。ウェイン・ショーター、チャーリー・パーカーといった、彼が幼き日に影響を受けた人々に敬意を払い、ジャズの歴史、いや音楽の歴史を探求しながら、確固たる自己を形成している。多くの人に言われる通り、彼は伝説のジョン・コルトレーンのように吹きまくるスタイルに見えるし、情熱的なのだけれどそれ以上に、これまでのジャズとは違う、彼の生きている時代のリアルさを現代の音楽に持ち込むことに成功している気がするのだ。だからこそ、彼の音楽には政治や社会や生活を内包する「現実」がくっきりと浮かぶ。突き詰めれば、多くの音楽ファンにリアルな想いを届けられるポップ・ミュージックを奏でる「アーティスト=エンターテイナー」としての姿も垣間見ることができるのだ。
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ライブは、ほぼ定刻通りに始まった。メンバーはこれまでの来日ライブから入れ替えはあるが、カマシの理想の音楽を奏でるべく集まった凄腕の仲間やメンターだ。自身の新作アルバム『Resilience』(2022)も発売されたばかりのライアン・ポーター(Tb)、実父でありカマシのメンターであるリッキー・ワシントン(Fl, Soprano Sax)、カマシの手がけた映画音楽スコア『Becoming』(2020)にもクレジットされている敏腕、ドンテ・ウィンスロー(Tp)。リーダー作をリリースしているベン・ウィリアムス(Ba)、同様にアルバムを発表し、メタルの影響を公言しているキャメロン・グレイヴス(Pi)。さらに名ドラマーを父に持ち、弟はサンダーキャットというロナルド・ブルーナー・ジュニア(Dr)、同じくカマシのライブやレコードには欠かせない存在のトニー・オースティン(Dr)。彼らが登場し、そして女優としても活躍するジャズ・シンガーのパトリス・キン(Vo)と共にエキゾチックな衣装に身を包んだカマシが舞台袖からやってくると、喝采の渦に飲まれる。

まずは、2月にリリースしたばかりのカマシのニューシングル「The Garden Path」から始まる。歌モノで疾走感があって、思わずスキップしながら口ずさみたくなるポップな曲で、ツイン・ドラムがボトムを力強く支え、ベンのベースが唸りを上げる。ライブに一貫していたけれど、リズム隊がとにかくキレまくりのグルーヴを発散して、観客の心を煽っていく。この曲ではキャメロンの美しいピアノのソロが抒情的な明るさをもたらしている。次第に各楽器の音と音が弾け飛んで四方八方に熱量を発散させていく状態を、カマシたちのホーン・セクションが包み込むことで会場をどんどんヒートアップさせていく。パンデミック期に生まれた曲だそうだが、その時代の「困惑や怒り」を宥めるような曲でもあって、カマシなりの時代批評が炸裂しているし、音源とも違ってアグレッシヴだ。何よりカマシのスリリングなアドリブが美しい余韻を残す。



2曲目は日本のゲームソフトから名前を引用した「Street Fighter Mas」。心踊らすようなタメの効いたドラムのブレイクビーツから始まり、緩やかなホーン・セクションが感情の機微を揺れ動かす。目を見張るのは、今回がカマシの来日ライブにおいては初参戦のキャメロンやベンやドンテが活躍していることだ。ここからカマシのどんなアーティストも際立たせるという平等主義を垣間見ることができるし、彼らは明らかにカマシの音楽に「変容」をもたらすことにも成功している。ドンテのトランペットのソロがこの曲ではイキイキし、音色が綺麗で、どうしてそんなに出音があるのか不思議だったし、音の差し引きも分かっているから、観客は大いに盛り上がっていた。ベンのウッドベースやエレキベースの生み出すグルーヴが曲に厚みを持たせていた。キャメロンの鍵盤の演奏は唯一無二、圧巻の一言で音のパッションを会場の隅々まで届ける役割を果たしていた。

3曲目も歌モノの「Sun Kissed Child」。これは、オムニバス・アルバムの『Liberated / Music For the Movement Vol.3』に収録されているが、レコードにはロナルドがドラムで、透明感のある声のパトリスがヴォーカルとして参加しており、ライブでも2人が大活躍する。そこにリッキーの幽玄的なフルートのソロが絡んで、ソウル風のたおやかな雰囲気になるかと思いきや、後半になるとスピードが増していく。ロナルドのドラムのスネアは、手数が多いのにタイトでメロディーを壊すことなくバウンシーなリズムを刻む。気付けばいつの間にかファンキーな曲に変貌している。曲に合わせるようにパトリスのパワー漲る声で思わず踊りたくなる。カマシは卓抜したプレイヤビリティーを持つアーティストたちのソロを、慈愛のような笑みを浮かべて眺めながら彼らをフォローし、彼らもまたカマシをフォローすることで、「カマシ・ワシントン」でしか奏でられないグルーヴが生み出されている。彼は自分の音楽がひとりでは鳴らせないことを知っている。そして平和と友愛を重んじるクレバーな人間だと思い知らされる。音楽を奏でることの楽しさや大切さを理解しているのだ。


4曲目はEP『Harmony of Difference』(2017)年に収録された「Truth」。こちらは既に色々な場所で披露されている彼らにとって宝石のような曲だろう。「5つの異なった曲が同時に鳴らされるような楽曲」とカマシがMCで言っていたけれど、ピアノ、サックス、コーラス、トロンボーン、フルートなどの美しいメロディーが肉感的に絡み合う。そこにリズム隊がメロディーを踊らせる。それぞれの音が有機的に融合し、それらがソロになって音楽という表象が託そうとする、一種の制約(コード進行とか演奏方法など)から解き放たれると、えも言われぬカタルシスが生まれる。

そこから矢継ぎ早にプレイされるのがキャメロンのアルバム『Planetary Prince』(2017)に収録されている「The End of Corporatism」。トニーのシンコペーションの効いた正確無比なドラミングも最高にかっこいいし、キャメロンのピアノの速弾きは会場をダンスホールと化す。つくづく感じるのだけれど、カマシを支えるプレイヤーたちは皆、隙のない演奏でテクニックに特化しながら、政治や経済や地球環境、各地の悲劇といった様々な世界の事象に対してハッと「気付き」を与えてくれる。これまで持ったことのない視点をもたらしてくれる血の通った啓示のような音を出していて見事だった。


続いての「Kings & Queens」は、先に挙げた、トロンボーンのライアンの新作『Resilience』の最終曲として収められている。そこではライアンのトロンボーンのソロとベンのウッドベースがじっくり聴ける。たった2つの楽器なのに音が溶け合うと、大きな楽団でも奏でられないようなスマートでグルーヴィーな音の感触を得られる。それにしても、リリースされたばかりのアルバムをフックアップしてしまうあたり、カマシの仲間たちに対する友情が感じられて感心する。そしてお馴染みのリズミカルでポップなサックスが聴ける「Fists of Fury」でカマシの音楽に対する想いの丈が炸裂するわけだが、まるで観客を鼓舞し、困難に立ち向かう勇気を与えてくれるような演奏で、会場の興奮はマックスとなって終演した。


一度客電が点いて終了のアナウンスが流れたが、それでも拍手が鳴り止まずにメンバーが再登場し、アンコールの「Re Run」が披露され、そこでもカマシは熱いソロを披露する。改めて思うのは、カマシはアグレッシヴだけれど、バイオレンスではない。イノセンスではないことも知っているけれど、ギルティーではない。その中間地点に位置し、現実の足枷に惑わされることなく、天才的な閃きで自在に音を紡ぎながら聴き手の鼓動を早め、そして自らも解き放たれようとする。そんな音楽の理想郷というべき場所に彼は辿り着こうと、今でも研鑽している。そこには音楽が必然的に抱えている幸福があるし、それが輪転することこそが未来を作り上げることを彼は知っている。つまり、彼らが奏でようとしている音は、人間の人生そのものであり、生の称揚なのだ。


このライブの後の9月23日(金・祝)には、横浜赤レンガ倉庫で行われた『ODD BRICK FESTIVAL 2022』に出演した。UKの音楽シーンのアイコンと言っても過言ではないLittle Simz、沖縄出⾝のラッパーAwich、「AAA」のメンバーとしてデビューし、幅広く活躍を続けているSKY-HIなど、ジャズやR&B、ヒップホップもソウルも縦断した素晴らしいフェスが繰り広げられた。そんな中で、カマシは観客にどんな福音を鳴らしたのだろうか。シーンの最先端にいるアーティストと伍してもその凄みを観客は感じたはずだ。フェス仕様のカマシもまた違った一面を見せただろう。比類なき大輪の花を咲かせたカマシ・ワシントンの活躍を今後も見守りたい。
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セットリスト
KAMASI WASHINGTON
2022/09/21 @恵比寿GARDEN HALL
1. The Garden Path
2. Street Fighter Mas
3. Sun Kissed Child
4. Truth
5. The End of Corporatism
6. Kings & Queens
7. Fists of Fury
en. Re Run
パーソネル:
KAMASI WASHINGTON(sax)
RICKEY WASHINGTON(flute)
RYAN PORTER(trombone)
DONTAE WINSLOW(trumpet)
CAMERON GRAVES(piano)
TONY AUSTIN(drums)
RONALD BRUNER JR.(drums)
BEN WILLIAMS(bass)
PATRICE QUINN(vocal)
竹下 力
