『WALKING × WALKING』秋を踊らす変拍子──tricot at The Garage
海外アーティストを日常的に観られるようになったのは、イギリスで生活をしている特権だなと常々感じる。アメリカのアーティストも、新譜を出せば大体はイギリスにツアーで来る。日本でなかなか観ることができないアーティストを観やすい環境、逆を言えば、日本のアーティストを観る機会は滅多にないということだ。物理的距離はもちろん、昨今のパンデミックの影響も相俟って、その機会は尚更少なくなっているのかもしれない。
そんな中で海外でも精力的に活動しているtricotは、今年の3月から4月にかけてヨーロッパツアーを行う予定だった。以前から好きだったバンドということもあり、海外でのライブの反応も見てみたく、2月に渡英したての僕は慣れない現地のアプリでチケットを購入し、春を楽しみにしていた。ただその直後、パンデミックの影響でツアーは秋へと延期が決まった。3月の初めに秋のことを考えるのは無理がある。しかし季節はあっという間に春も夏も通り過ぎ、気づけば9月も終わりかけていた。ロンドンはすっかり秋のど真ん中にある。

今回の会場は北ロンドンはHighburyに位置するThe Garageだ。元々はビリヤードホールとして建てられ、60年代は地域のヤンキーの溜まり場でありながらも、素晴らしいパイを提供するホールとして評判だったという。1993年に今のThe Garageとしてオープンを果たした。キャパシティは600人。Oasis、Arctic Monkeys、Franz Ferdinandなど、名だたるUKロックの雄たちも過去に出演しており、The Garageはヴェニューの説明として「rite of passage」(=通過儀礼)という言葉を使っている。もっぱらインディー・ロックの震源地のようなヴェニューと言えるのかもしれない。
I was DJing the hits at the Tricot showhttps://t.co/okNN1qRj1V
— Loraine James // Whatever The Weather (@LoJamMusic)September 21, 2022
会場の扉を開けるとtoeの「グッドバイ」が聞こえてきて、思わず笑ってしまった。ロンドンで日本のアーティストの曲が聞こえてくる機会なんてそうそうない。これはWhatever The Weather名義としても知られるUKエレクトロシーンの新進気鋭のアーティスト、Loraine Jamesの選曲だ。この公演にサポートDJとして入っていた彼女は、インタビューにてお気に入りのアルバムを聞かれると、toe『the book about my idle plot on a vague anxiety』やハイスイノナサ『動物の身体』等を挙げたりと日本のマスロックを敬愛している。この公演のフライヤーには「Mathrock DJ Set」と記載されていたが、その名の通りLITEやjizue、前述のtoeやハイスイノナサなど馴染み深いアーティストが流れ、もはや日本にいるのではないかと一瞬だけ錯覚したほどだ。しかもこれからロンドンでtricotを観るっていうのだから訳が分からなくなってくる。

いざ彼女らがステージ上がると、それだけで歓声が上がった。軽く客を煽ると、ライブは「ブームに乗って」でスタート。いきなりの変拍子にグッと引きずり込まれる。変拍子と相反するように、緩やかなメロディーで会場を支配すると、間髪入れずに「18, 19」に雪崩れ込んだ。緊張感溢れる展開の多さに息を飲めば、続く「アナメイン」ですっかりフロアは熱気を帯びていた。お客さんはもちろん日本人ではない。それなのにアウェーということを一切感じさせず、もはやホームのような安心感まである。MCで「この公演がソールドアウトしていることが信じられない」と喜びを滲ませると、フロアからはカタコトの「アリガトー!」という声が飛んだ。
ライブは中盤に入っても隙がない。このツアー『WALKING × WALKING TOUR』のタイトルにもなってる「餌にもなれない」(英表記:Walking)や、おどろおどろしいギターが特徴的な「秘蜜」、さながらキメの打ち合い「E」で、ピンと張り詰めた会場の雰囲気が「Dogs and Ducks」で緩んだかと思えば「おちゃんせんすぅす」でまたグッと引き戻される。それはまるでジェットコースターのようで、急上昇急降下を繰り返すライブに息つく暇さえない。
もちろん日本でも実力派のバンドであることは分かっていたけども、tricotというバンドの演奏力の高さに改めて驚いた。時には正攻法で、時には飛び道具のようにギターを操るキダ モティフォ(Gt. Cho.)に、空間の隙間を埋めるように低音をうねらせるヒロミ・ヒロヒロ(Ba. Cho.)、また吉田雄介(Dr.)の迫力あるドラムプレイには目が離せなくなった。正確且つ、その手数の多さはメロディーの1つとも言える。中嶋イッキュウ(Vo. Gt.)はそのメロディーの中で感情豊かに歌い、楽曲ごとにビビッドな原色や淡いパステルカラー、真っ黒だったりと色を付けていく。バンド全体でプレイヤー同士がバチバチとぶつかり合っているように見えるのに、上手く混ざり合い、その何倍もの相乗効果が生まれていく。むしろ言えば、その瞬間的な爆発力に引き込まれてるのかもしれない。
「踊ってくれますか?」と新曲「アチョイ」で終盤戦に突入。続く「悪戯」では、tricotの十八番とも言える変拍子と複雑に絡み合うメロディーラインが、ポップな爽快感で駆け抜けていく。畳み掛けるように始まった「POOL」はイントロで既に大盛り上がり。日本語詞のはずなのに、フロアからは歌う声も聞こえていた。今日一番の盛り上がりを見せ、本編はそのまま「夜の魔物」で終了。たとえ言葉が違っていても、その歌詞は伝わるのだろうか。それはこの日の会場の雰囲気が証明してくれていたような気がする。もう会えないであろう人を歌う切ない歌詞に誰もが聴き入り、ステージを満足げな表情で静かに見つめていた。

鳴り止まないアンコールに中嶋は「日本に帰りたくない! またすぐにロンドンに帰ってくるね!」と応え、tricotが披露したのは「おやすみ」だった。彼女たちが最後にロンドンに来たのは2018年のこと。およそ4年ぶりのライブはファンもtricotも待望していたことだろう。日本とイギリスの距離、およそ9,195 km。遠く離れたこのロンドンで、英語を母語としないアーティストがライブをソールドアウトさせる、ということは決して簡単なことではないはずだ。それはストリーミングサービスという、音楽が海を簡単に超えられる現代の恩恵もあるのだろうが、ライブハウス規模で地道にツアーを回り、パフォーマンスで人気を培ってきた彼女たちの努力の代物なのだと感じた。
まだまだ物足りなさそうなフロアを見てか「いつもならこれで終わりだけど、もう一曲だけ」と始まった「potage」が正真正銘の彼女たちのラストナンバー。心地良さがずっと続くようで、どこか脆く崩れ落ちそうな儚さをまとったこの曲を〈だって絶対なんて絶対にないけど あたしの一生をあげる〉と歌い終わると、会場は大きな拍手に包まれた。
思えば一度もアウェーと感じる瞬間がなかった。遠い異国の地で、がっぷり4つでぶつかり、こんなに素晴らしいライブをする彼女たちのことだ。きっとまたすぐにロンドンへと帰ってくるのだろう。なぜならきっとここも彼女たちのホームなのだろうから。今はもうその時が待ち遠しい。
tricot(@tricot_band)、ロンドンブチ上げでした。凄まじ過ぎる。あと言わずもがな演奏がテクニカル過ぎてガハハ笑ってました。pic.twitter.com/cKJalP7hEV
— (@_mam_e)September 21, 2022
Kaede Hayashi

