【ライブレポ】生きたままの音楽、蘇るライブの祭事性──幾何学模様 PRE-FINAL SHOW at 恵比寿GARDEN HALL

【ライブレポ】生きたままの音楽、蘇るライブの祭事性──幾何学模様 PRE-FINAL SHOW at 恵比寿GARDEN HALL

写真=Kazma Kobayashi

11月28日、恵比寿GARDEN HALLでPRE-FINAL SHOWと称され行われた幾何学模様のこのライブは、年内での無期限活動休止を宣言したバンドの最後から2つ目のショーだ。集まった我々の気持ちはおそらく1つだっただろう。幾何学模様という長い旅の終着地を目にしたい、ただその一心だったはずだ。FINAL SHOWのチケットは即完売したが、チケット争奪に敗れるも、ピクシーズやらフランツ・フェルディナンドよりもどうしても幾何学模様を観たいというファンが今日この地に集まったのである。西洋的趣向をこらした恵比寿ガーデンプレイスの、イルミネーションの明かりの下を、カラフルな着物で飾った女たちが、長髪の男たちが蠢いていた。

幾何学模様が運営するレーベル、Guruguru Brainが現在売り出し中の台湾出身のMong Tongの贅沢な演奏から今日の催しは始まった。彼らの原始的な電子音楽がステージからフロアへと濁流のように降りてきた時、観客はここに幾何学模様の歩んできた道程が幾何学模様だけの道でないことを実感したことであろう。彼らが演奏した台湾をはじめ東南および東アジアの土着の音楽とエレクトロニカが同時存在し続ける音楽は、確かに変わり続けていく現代性と人間本来が生まれ幼少期に培う土地性を孕んでいた。彼らの音楽は明らかに混ざり切っていなかった。打ち込みと、オーガニックな2本の弦楽器、そして録音された民族音楽が、完全に混ざりきらず、ある種不自然とも言える形で上昇するのである。エキゾチックとも言われるが、アジアの音とはすなわち我々日本人にも馴染みある音楽である。その音楽の根本にあるのは、日本の祭囃子や能楽の根本にあるものと近似しており、反復を重ねるごとに観客を熱狂させ、素晴らしい形で幾何学模様へと繋いでくれた。幾何学模様の旅は一度、今年で終わりとなるのであるが、Guruguru Brainは今後もMong Tongをはじめアジアの音楽を発信していく。これを機会にその動向には注視していくべきであろう。

メインアクトの幾何学模様のステージは、Mong Tongの演奏からちょうど煙草1本ちょっとの時間を空けて開始されることとなった。ほとんど冬であるにも関わらず暑苦しい印象さえ覚える野外の喫煙スペースから会場内へ戻ると、さらなる熱気でフロアは満たされていた。そして、メンバーの登場と共に恵比寿GARDEN HALLという不器用な空間は祭の会場へと変貌を遂げたのである。

ファジーでヘヴィーなギターのイントロから、急ピッチに東洋なメロディーへと下って展開する「Gathering」から幾何学模様の催しは始まった。その時点での観客の状態は、活動休止を迎えるバンドの最後の2公演のうち1つがいよいよ始まってしまうという底知れない緊張感と、その伝染により相互的に高まった興奮であろう。誰しもが一時たりとも目を放してたまるものか、というような静的な熱意に満ちていたのである。しかし、『Masana Temples』(2018)収録のこの曲のヘヴィーでアグレッシヴな場面はイントロだけに限らない。徐々にテンポを上げながら、イントロ同様の歪みで叫びながらアジアン・ストーナー・ロックへと転換、張り詰めていた緊張感は弾け、重力が軽くなった。

温かい声援の中、最新アルバム『Kumoyo Island』のB面オープニング・トラックである「Cardboard Pile」へと勢いよく突入する。クラウト・ロックの影響も感じられる疾走感ある前半と、対照的にゆったりとオリエンタルな風味のある後半のコントラストの野心溢れる楽曲だ。アルバムではインタビューで語られていた通り、前半と後半の転換部分で宅録ならではの魅力を放っていたが、その転換部におけるライブ的解釈、動的緩急がアルバムとの違いを浮き彫りにしており、『Kumoyo Island』の内側と外側を暗示するような1曲となっていた。

そこからフジロックでも圧倒的ライブ映えを見せていた「Dancing Blue」が演奏される。この曲のダンス・ミュージック的な側面と、ある種アンビエントなサウンド・メイクは、屋内の限られた照明の中で踊る今日のような夜にぴったりのものだった。公演を通して、火のように小さく揺らぐバックライトは照明としてではなく、視覚的な装飾として用いられていたが、この曲では青と白の光が曲に合っていて安心感があった。が、ゆっくりと立ち上がっていく曲の展開に合わせ照明は青とオレンジへと変化、最終盤にはマジで聴いたことのない思わず鼻をつまんでしまうような臭いが強いコテコテのロックなギター・リフをTomo Katsurada(Gt. Vo.)が掻き鳴らす。知っている青が乱されていき私は思わず興奮し、たまらんかった。家に帰って聴き直すも、そこにギターがあれどあんなものではなかった。この曲は『Kumoyo Island』の中で最もライブで聴いて楽しい曲であろう。そして、ライブの度に味を、匂いを変えて、その時々の青を見せていくだろう。この曲の終わる時、私はいつか再びこれが演奏される日が来ることを強く願った。

最新アルバムからの曲が続いたあとに、2ndアルバム『Forest of Lost Children』から「Streets of Calcutta」が演奏される。ストーナー・ロック調のストイックなリズム・セクションの上でシタールが踊り続けるような初期の名曲で、サイケデリック・ロックをはじめ、LAやオースティンのフェスでのステージを重ねながら地位を見出してきた幾何学模様のキャリアに思いを馳せるようなひとときとなった。また、演奏後は、ずっとツアーをしてきたが最後にフジロックと東京でやれてよかった、ありがとう、というようなことをTomoが話していたのも印象的であった。

5曲目には前作『Masana Temples』から「Majupose」を演奏。観客の熱気も最高潮になる中、無限に続いていくようなリズム、繰り返し訪れる意味の判然としないヴォーカル、繰り返さず時折さまざまな姿で現れる静かな弦楽器の旋律により、一種のトランス状態、音と空間と他人が混じり合うような感覚を起こさせ、かなりの長い間演奏されていたよう個人的には錯覚された。

しかし、その直後に演奏された「Silver Owl」はさらなるサイケデリック体験を引き起こし、明らかなライブの最高到達点を記録した。これは全行程を聴き終えたあともなお断言できる今日のライブのハイライトであった。この楽曲は3rdアルバム『House in the Tall Grass』に収録されているサイケ・フォークとでも言えるような1曲である。「Majupose」を夢幻的なトランスとするならば、こちらはより有機的で覚醒状態のサイケデリアである。この経験はミヒャエル・エンデの果てしない物語を初めから終わりまで一気にゆっくり飯も食わずに読み終えるようなものなのである。つまり、なだらかな起伏と心地良い物語だけが眼前で引き起こされているにも関わらず、その体験の外に一歩踏み出た途端に、不気味に感じるような、そんな経験なのだ。また、この曲の演奏の不思議な経験はライブ会場そのものの景色とも繋がっていた。彼らの奏でた音楽がステージからゆっくりとこちら側へ降っていく、その音に揺られた観客の反応がステージへと上がっていくような景色が広がっていたのが印象的であった。その寄せては返す波の挙動はある時は声で、ある時は手足の動きで伝え返され、私には音楽にも影響を及ぼしていたように見え、あたかもそこにいる人間の集合体が1つの生物のように呼吸しているように感じられたのだ。全ての感覚が揺らぐ中、メズマライジングな間奏のジャムへ気付かぬうちに変化し、パーカッションや笛の遊びは、まるで深い森のような空間を生み、実際には平和ではなかろう場所での平穏に浸っていることを自覚する。じっくりとメインテーマに戻り、ペダルが踏まれどこまでも行く。この感動は「嬉しい」という気持ちに満ちていた。

続いて、チャイムとフレクサトーンが鳴らされる中、荘厳なイントロが響き渡り、最新アルバムのオープニング・トラック「Monaka」が演奏される。日本的ペンタスケールのシタールと歌メロから、モーラムの要素を汲んだような跳ねるギターとシタールの早弾きへと移っていく様は圧巻である。

「Monaka」のクレッシェンド&アッチェレランドのフィナーレから、しばしの静寂を経て次は前作『Masana Temples』のオープニング・トラックで、シタールのソロを基軸としたインストゥルメンタル「Entrance」が演奏され、定番通りに「Dripping Sun」のベース・ラインが遠くから聴こえてくる。カッティングのギターとキーボードの掛け合いに思わずため息が漏れる。幾何学模様というバンドの魅力が整然と提示され、インディー・ロック層のファンベースを掴むことにもなった前作のオープニング・トラックだけに、あまりに構成が美しすぎるのである。「Entrance」というシタールを聴かせるプレリュードから、サイケ・ロックでありエスニックであり、日本語の音韻が耳に馴染むヴォーカルを持つという幾何学模様の全ての面を見せ、最後はしっかりクライマックスでもって締める、文句なしの名曲だと痛感させられた。

さらに同アルバムから曲順通り3曲目の「Nazo Nazo」を演奏する。この曲が始まる時点で「残り2曲」とMCで告げられ、楽しい時間がいよいよ終わりを迎えようとしていることを実感させられた。スタジオ盤にはないライブ独自のイントロから始まり、お馴染みの揺れるようなメロディに入ると歓声が上がる。グレイトフル・デッドを思わせる浮遊感のあるギターとキーボードの掛け合いから、ジャムへと移行していく。帰宅後にこの曲のライブ演奏を片っ端から観ていったが、イントロはいつも通りではあるものの、最後のジャムは見つけられなかったので、非常に貴重な演奏だったのかもしれない。もしFinal Showへいく方がこの記事を読んでいるならば、是非「Nazo Nazo」の演奏内容に注目していただきたい。

メインセットの最後に演奏されたのは2ndアルバムの「Smoke and Mirror」である。軽快なリズムと歪んだギターで幾度となく緩急あるメロディーが繰り返され、一度フェードアウトし勢いよく演奏が再開されると、観客が一層熱量を増して踊る。クライマックスに相応しい光景であると共に、再びかつてあったライブの熱気が戻りつつあるという実感を覚えるひとときであった。「2013年にバンドを始めて最後のライブを東京で終えられて、すごく光栄です。感無量です、ありがとうございます」と言いステージを後にした5人に、絶え間ない拍手が送られていた。

観客の拍手は、やがてアンコールに変わるが、客電は点かなかったもののメンバーがステージに現れるまでにはかなりのインターバルが空けられた。「あと1曲できるそうなので」と5人がステージに戻ったとき、観客は口々に「ありがとう」という言葉を叫んでいた。最後の曲は3rdアルバムの「Kogarashi」だった。私はこれから彼らが無期限の活動休止を迎えるという寂しい事実を噛み締めながら、その演奏を目に焼き付けようとした。

幾何学模様は12月3日、ついにFINAL SHOWを迎えることになる。これが完全な終わりとは限らないことはインタビューでも語られていたが、それでも当面の間はそれが最後となることだろう。最終公演のチケットを手に入れられた方は是非、彼らの旅の終着点を見届けてきてほしい。

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セットリスト

幾何学模様 PRE-FINAL SHOW at 恵比寿GARDEN HALL

1. Gatherings
2. Cardboard Pile
3. Dancing Blue
4. Streets of Calcutta
5. Majupose
6. Silver Owl
7. Monaka
8. Entrance
9. Dripping Sun
10. Nazo Nazo
11. Smoke & Mirrors
En. Kogarashi

鈴木レイヤ