幾何学模様のニュー・アルバムにして最後のアルバム『クモヨ島 (Kumoyo Island)』が、ついに5月6日にリリースされる。2012年に東京で結成され、やがて世界を圧巻した彼らのレガシーを本稿では振り返りたい。
アメリカで音楽ビジネスを学び帰国したGo Kurosawa(Drums / Vocal)が、Tomo Katsurada(Guitar / Vocal)を誘い結成されたバンド、幾何学模様。大学で自動販売機の音を録音していたKotsu Guy(Bass)と、大きな手巻煙草を吸っていたDaoud Akira(Guitar)に声をかけ、Goの弟でシタールをやっていたRyu Katsurada(Sitar / Key)を誘いメンバーが集まった。当時、バンド経験者はゼロだったという。音楽の趣味もバラバラで経験もない集団が目指したのは「ワケのわからないバンド」だった。
幾何学模様
僕が彼らを知ったのは高校3年の頃だったはずだ。当時流行っていたサイケデリック・ロック、中でもひときわキャッチーだったTemplesが僕とジャンルの出会いだった。そんな彼らが来日時のインタビューで「日本のバンドで幾何学模様っていうのがいて、今一番のお気に入りだ」と語っていたことが出会いのきっかけだった。
つまり僕の目に留まった時、既に彼らは逆輸入の様相を呈していた。幾何学模様が南ドイツと共同生活をしたり、日本のライブハウスはノルマを払わないといけないから嫌だと言ってストリートで演奏をやっていた頃のことを、僕は全く知らない。
2014年当時、既に幾何学模様には3枚のリリースがあった。そしてTemplesはオースティンのフェス(Austin Psych Fest)で彼らに出会った、と言っている。結成は2012年だろう? 人間は本当に1年でそんな長い距離を移動できるものなのか? Goが大学、それもアメリカで音楽ビジネスの勉強をしていたということはかなり大きな助けにはなっただろうが、それにしても早いなと僕は思う。本人たちは長い時間をかけて地道に、って思っているだろうけれど、僕のようなのろまな人間には到底こういう風なキャリアは考えられない。でもきっと、とんとん拍子ではないよね、1つずつ努力を重ねたはずだ。これから「奥の細道 松尾芭蕉 忍者説」的ものすごい移動速度で歩んだ幾何学模様の音楽キャリアを、リリースの方面を中心にさらっていく。
※参照
・【日本初インタビュー】世界が注目する日本人サイケバンド・幾何学模様、バンド結成から最新作リリースまでを語る | Qetic
・TEMPLES インタビュー | FUJIROCK EXPRESS ’14
1st EP『Kikagaku Moyo』はシタールのインパクトが大きいジャム・セッションのカラーだが、全貌は掴みやすく聴ける1枚。禅的タイトルの「Can You Imagine Nothing?」で幕を開け、リズミカルで非テクニカル、自由に展開する名盤である。最初期の作品が名刺代わりにできること、あるいはセルフ・イメージの確立が行われていることの重要性は、どの人間にも痛感されるだろう。
続くリリースである1stアルバム『Mammatus Clouds』は28分弱、17分弱、3分強の3トラックで構成される、アンダーグラウンドなライブ・バンドとしての幾何学模様を象徴する作品だ。「バンドはやったことがないけれど音楽をやりたくて仕方ない、音楽趣味はそれぞれで、ステージに上がると我々はこうなります」という面が見えてくる作品なのかもしれない。
1曲目は、Godspeed You! Black Emperorを彷彿とさせるリズムとまくし立て、マインドトリップへと誘う自由な楽曲「Pond」。2曲目はシタールの音色をアジアのビートルズが如何にロック・ミュージックと交わらせるべきか思索するような、これまたジャム要素の大きい「Never Know」。3曲目の「There Is No Other Place」はモザイクがかかっているストーナー・ロック、という構成だ。
初期の作品で今の幾何学模様の状態に最も近いものを挙げるなら、2ndアルバム『Forest of Lost Children』になるだろう。僕にとって幾何学模様とはドラゴンのようなものだ。アジアから飛び出し、自分が何者であるかを分かっているかのように振る舞う強いバンドだ。意味を持った文章として捉えてほしくはないのだが、幾何学模様が日本人によるアジアのバンドで、Khruangbin(クルアンビン)は白人によるアメリカのバンドである。
1曲目の「Semicircle」で奏でられるのは、Khruangbinも大いに拝借したタイ民謡に似た雰囲気の音楽である。タイ東北部イサーン地方のピンという弦楽器によく似た雰囲気があり、シタールをインドで学んだRyuの感性と他のメンバーの感性を交えた際に、ちょうど経度緯度的に中間の東南アジア風になったのか、それとも意図したものなのかは分からないが、ただ言えることとしては本当に彼らがアジア人であるということなのだ。僕がこの曲を聞いて連想するのはタイのポストロック/シューゲイズ・バンド、Desktop Errorの「Ticket to Home」という楽曲だ。両者ともに、自らがアジア人であることを誇りにしてロックミュージックを「こっち側から外側に向けて」どうにかしようとしている。
もう一つの幾何学模様のアイデンティティである意味のない言葉によるヴォーカルが、『Forest of Lost Children』では要所で印象的に聴かれる。このバンドを聴いていて感じるのは、楽器は単なる音のみならず意味をも孕んでおり、言葉には意味がなく絵具が詰まっているということだ。ロック・ミュージックとアジアらしい音色が、はっきりと曲の形を成したことからも、2ndアルバムが現在の幾何学模様の大きな礎となっていることは明らかだろう。
関係のない話だが、もしこれを読んでいる人がいるなら、ぜひ私から1つ質問をさせてほしい。アルバムクローザーの「白い月」という曲。これをぜひ聴いてほしい。月が白いことは、わざわざ言うまでもないことだろう。この曲を聴いたあと、あなたの頭の中に浮かぶ月の色はどんな色をしていましたか?
3rdアルバム『House in the Tall Grass』が2016年にリリースされた時、既にバンドは全米、ヨーロッパを積極的にツアーし、年間に100前後の公演を行うようになっていた。民族音楽に強く影響を受けているバンドだが、現行のサイケデリック・ロックのリバイバル文化のみならずインディー・フォーク・ロックのシーンへのアクセスが容易な音楽となっていることが、海外のロック・ファン層から広く評価を得た理由の一つだろう。本作の楽曲の存在感はライブセットの中でも絶大で、ジャム・セッションではなく曲の単位が明確となった現在のライブ映像は、現地の観客によってインターネット上に多数アップロードされているため確認しておく価値があるはずだ。
幾何学模様というバンドには二面があり、一面は快適で柔らかいサイケ・フォーク、もう一つはセッションの流れに沿ってヘヴィーにトゲトゲしく展開する一面である。やがて、GoとTomoの2人がアムステルダムに移住し東京を拠点とする他のメンバーと別れたことからか、セッションをベースにしたものはステージ上に限定され、アルバムではサイケ・フォーク的なサウンドの中で効果的にセッションのエッセンスが光る、という方向性へと変化していくのが幾何学模様のここまでのキャリアである。
ただ、EP『Stone Garden』ではツアー中ドイツのスタジオにこもり二晩で録音するという荒業を用いて、1stアルバム『Mammatus Clouds』のようにジャム・セッションをそのままくりぬいたような芸当を成している。この『Stone Garden』と『Mammatus Clouds』を比較すると、セッションの行きつく先にある曲の形が意識されやすいということである。また「Nobikitaki」や「In a Coil」など、サイケ・ロック・リバイバルの最盛期であった2016年を象徴するような楽曲も散見される。特に「In a Coil」は、OhseesやKing Gizzardらのような多少ヘヴィーなサイケ・ロックが隆盛を極めた時代でも大切な一曲と言えるだろう。
彼らの旅の成し遂げた最も大きな達成は、アジア出身のバンドが、アジア人のままに音楽を奏で、白人男性の好みに固められた音楽フェスティバルのラインナップに1つの穴をあけることに成功したことであろう。現在のサイケデリック・ロックを代表するバンドにまで上り詰めた幾何学模様はKing Gizzardの主催するフェスに呼ばれ、『Desert Daze』に出演するなど名実ともにトップに駆けあがった。
彼らはデビューからこれまで一度もレーベルに属さず、自らが運営するGuruguru Brainからアルバムをリリースしてきた。欧米へシッピングする上での利便を図ってアムステルダムに拠点を持ち、自分たちでツアーやアナログ盤の販売などを行ってきた。自主レーベルからは、盟友である南ドイツや、タイのKhana Bierboodなどアジアを出身としたバンドを多くリリースし、アジアのインディー音楽を世界へ発信する大きなハブの役割も果たすような存在へと成長した。
そんな中、2018年にリリースされたのが前作『Masana Temples』である。タイ出身で中華系のルーツを持つイラストレーター、Phannapast Taychamaythakoolが幾何学模様の音楽にインスパイアされ、「動物たちの旅」をテーマに描いた壮大なアートワークをカバーに掲げており、彼らのアジアをアイデンティティとすることへの誇りのようなものを強く感じさせる。
『Masana Temples』アートワーク
アルバムは10曲構成となっており、これまでで最も鮮やかな作品となっている。サイケデリックなインストゥルメンタル曲「Entrance」で幾何学模様の作りあげる幻想世界への入口を開き、ファンク調に始まるポップ・ソング「Dripping Sun」でアルバムの方向性を定義づけ、日本語であるにも関わらず意味のつかめないヴォーカルが支配する「Nazo Nazo」へと続いていく。全ての楽曲が日本からアジアの民族音楽の影響を強く感じさせるものである一方で、「Fluffy Kosmich」や「Gatherings」ではクラウト・ロック、特にCanからのレファレンスを見ることができ、「Nana」ではThe Strokesのようなドラム・ビートから〈7〉という掛け声を合図にシタールでバーストをかけていくように、現行のインディー・ロックとサイケ音楽のオリジナルの音を完璧に組み合わせた楽曲が並べられている。これまでの瞑想的、内向的とも言えるサイケから、アップビートでクライマックスまで準備された外向的サイケへと進化した、まさに最高傑作といえる作品であろう。
2018年に本作がリリースされた当時は、今後のキャリアがどのように展開していくのかと大きな期待を抱いていた。というのも『Masana Temples』はまさにメジャーに接近していこうとするような音作りの作品であったためである。彼らがこれからメジャー・レーベルと契約をしたり、もっと大きな会場でコンサートを行うようになれば、この作品はきっとその後の幾何学模様にとっての最初の作品として認知されることになっていたことだろう。
しかし2022年、次のリリースに注目が集まる中、幾何学模様が、今年に入り1月20日に発した声明は無期限の活動中止に関するものであった。そしてその文章にはこのような言葉が連ねられていた。
“昨年末の話し合いで、バンドとしての使命を全うしたという結論に達した。だから、この最高の状態で幾何学模様というプロジェクトに終止符を打ちたいと思う。2012年に東京の路上で音楽を始めた時、僕らはこんな風に世界中で、素晴らしい観客の前で音楽を聴いてもらえるバンドになるとは想像もしていなかった。 みんなのおかげでここまで来ることができました、ありがとう。”
──幾何学模様のオフィシャルHP掲載のステートメント(筆者による翻訳)
10年にも及ぶ彼らの旅はここで終わってしまう。しかし、彼らが成してきたことは今後も残り続けるだろう。最後のアルバムのリリースが迫っており、フジロックの出演も決まっている。さあ、この最後の伝説を、そして僕らの青春の終わりを、きっとみんなで見にいこうじゃないか。