日常からの逃避、たどり着いた先で響くバガテル──THURSDAY’S YOUTHワンマンライブ『Thursday’s Bagatelles』

日常からの逃避、たどり着いた先で響くバガテル──THURSDAY’S YOUTHワンマンライブ『Thursday’s Bagatelles』

写真=井上恵美梨

改札ではSuicaのチャージ不足で入場を阻まれ、朝の満員電車では強制参加の押しくら饅頭にめまいを起こす。歩きスマホで向かってきたサラリーマンと衝突して悪くないのに舌打ちを浴びる。雨で濡れた階段に滑ると羞恥心が血となって滲む。水曜日に押すスタンプカードのキリ番と金曜日に切る予定のゴールテープの狭間で、狼狽えるだけの木曜日には「できれば優しくされたい」と口に出さず1人願う。

THURSDAY’S YOUTHが今月8日に行ったワンマンライブ『Thursday’s Bagatelles』も同じく木曜日だった。彼らは1週間前の11月30日に約5年振りとなる新作EP『6 Bagatelles』を発売し、本公演はそのリリースワンマンとなる。冬の入口で冷え込んだ空気が体内のエネルギーを蝕んでいく中、平日にもかかわらず多くの人が会場の下北沢MOSAiCに訪れた。

10年以上に及ぶバンドキャリアの長さが起因してか、メンバーに緊張の色はうかがえず良い意味で肩の力が抜けたラフな印象を持った。それは彼らが「ここでは無理に取り繕ったり、意気込んだりする必要はない」と間接的に伝えてくれているようにも感じた。普段通りの彼らで、普段通りにどこかがおかしい我々だ。整体だってどこも悪くなければ別に感動するほど楽にもならない。ベストコンディションではないからこそ享受できるケアに今は身体を預けたい。

この日のサポートベースは元・雨のパレードの是永亮祐。是永は現在THURSDAY’S YOUTHをはじめとした複数のバンドでサポートメンバーとして参画しており、来年2月に約17年の活動に幕を下ろす真空ホロウのファイナル公演でも彼らの門出のステージに加わる予定だ。

フロントマンの篠山(Vo. Gt.)がマイクスタンドの前に立つと、そのまま軽く腕を天井に伸ばした。束の間の静寂の直後に是永、ヒロチカ(Dr.)のコーラスと共に〈Maybe, Right Now Maybe, Right Now But.〉と息を合わせて詩をなぞるように歌い、今作のリード・トラック「Maybe, Right Now」からこの日のライブをスタートさせた。

イントロから早速観客へクラップを煽りながら〈Maybe, Right Now〉のフレーズを繰り返す篠山。そこへヒロチカによる一打一打のアタックが強いドラムのキック音が加わり、会場は一気に不穏と緊張感を織り交ぜながら静謐な空間へと色を変える。そのまま間髪入れずに「Ghost」へと流れ込み、篠山が「THURSDAY’S YOUTHです。よろしく」とフロアへ告げると2019年発売の『Anacronism Pt1.』より「独り言」に繋げる。

〈死にたい時には「死にたい」と歌いたい
そのくらい勝手にさせてくれる世界がいい
好きな事 好きな人 好きな物以外 見たくないのさ

僕のための歌でいい 僕は僕のために歌う
これが独り言でも構わない〉

彼らがSuck a Stew DryからTHURSDAY’S YOUTHに名称を変え再出発したのは、ほかでもない「作りたい音楽だけをやり続けていく」という篠山の願望を具現化するためだった。それはきっと今作『6 Bagatelles』においても通底する想い/信念であり、だからこそ約5年という長い月日をかけながら丁寧に作り上げていったのだろう。篠山の言う「作りたい音楽」とは決して大衆的なものではないかもしれないけれど、虚偽のない本(当の)音だけを集積して作り上げた楽曲の数々は聴き手へと受け渡された瞬間に心へ深く浸透し、寄り添えることでこれまで口にしていた「死にたい」が「生きたい」を孕んでいたことに気づかせてくれる。

「天国が見えたら」ではステージ全体が白くライトアップされて小気味良いギター・リフがまるでグリム童話のような陶酔感を醸し、次ぐ『東京、這う廊』収録の「雨、雨、雨、」ではモチーフの〈雨〉に合わせて雨粒を表現した青いライトが使用された。THURSDAY’S YOUTHの楽曲には普遍的な日常生活の中でふと立ち止まった時に芽生える「生きること」への諦観、あるいはニヒリズムを歌う楽曲が多い。だから、照明を切り替えながらパフォーマンスを行うことは楽曲それ自体の物語性をより具体化し、観客個々の体験と楽曲の結び付きを強固なものにする効果がある。

揺蕩うようにゆったりとしたBPMと手拍子の中で紡がれる篠山のラップパートが印象的な「いっさいがっさい」を終えると、ドラスティックに畳み掛ける激しいノイズの中からシンガーソングライターの奈良ゆいがゲストとして登場した。美しく切り揃えられたボブヘアを揺らしながら篠山の隣に立てられていたマイクスタンドの前に立ち、「なかまはずれ」「コロナ」「日向のにおい」の3曲を披露。轟音の中でほのかに香り立つようなキーの高い歌声や、メンバーらと共にレクイエムにも似た美しいコーラスワークでこの日のステージに花を添えた。

セットリスト全体のおよそ8割を消化したタイミングで挟まれたMCでは篠山が「僕自身、誰かを救いたいとか正解はこうだとか言いたいわけではなくて、できるだけ皆さんが健康に…風邪とか引かないでいられたらいいなと」と、不器用な口ぶりながらもこの日訪れた観客を気遣いつつ感謝を伝える。

終盤では新譜収録の楽曲を中心に、緩やかに海の底へ沈んでいくような速度感で展開。「ひとり遊び」では切なさを纏ったアコースティックのメロディに乗せて孤独から由来する焦燥感を歌う篠山のヴォーカルが、現実へのやるせなさを感じさせると共に少しの感傷に浸らせる。そして今作の冒頭を飾る「花の枯らし方」で会場全体を鮮やかな色彩で包み込み、本編を締め括った。

アンコールを求める拍手からほどなくして再びステージにメンバーが戻ると、ヒロチカが「拍手が揃っている時は予定調和じゃなくて本当のアンコールなんだって。で、今のは揃ってたから本当のアンコールってこと!」とどこから仕入れたのか分からない雑学(?)でフロアを和ませる。例え不揃いであっても、今日ここにいる観客が彼らを心の底から求めていることは間違いないのだが。

アンコールではまず、オルタナティヴでキャッチーなメロディの逆を行く〈行きたくないな やりたくないな 会いたくないな めんどくさいな〉と負の感情を高らかに歌うアンセムソング的な「THURSDAY’S NIGHT」、それから未発表の新曲「Canvas」を披露。篠山が再び観客の健康を気遣いつつ「また生きて会えたらいいなと思います」と告げると、一筋縄ではどうにもいかなくとも明日以降の生活を紡いでいく意志を歌った「東京」を演奏し、この日のワンマンライブは終了した。

『Bagatelles』とは「些細な事柄」「つまらないもの」を意味する言葉らしい。彼らなりの謙遜なのか、「つまらないもの」として示された今作とこの日のステージは聴き手/観客の両方にとって、優しくされない世界を生き延びるための心強いアイテムになった。歌詞に綴られる直截的な言葉は時々見透かされたような気になって胸が痛むけど、良薬口に苦し、と言えばいいのか、彼らから渡された作品あるいはステージから目を背けず対峙できたなら、明日はきっと「やりたくないこと」に対してノーを出せる気がする。

容赦なく押しつけられる「普通の生活」を律儀に送ることがどうしても耐えられなくなったら、地面に穴を開けてずるずると奈落あるいは堕落の底へと滑り落ちてしまえばいい。「できれば優しくされたい」と願う本音の前で、THURSDAY’S YOUTHという名の逃げ道がその時一番気持ち良い音を鳴らしてくれる。

星野