【短編】闘う君の唄

【短編】闘う君の唄

みんな、みんな、そうだった。

蕾から咲いていた紫陽花も、知り合いの結婚式でもらった引き出物のティーカップも、子供を連れて西武園ゆうえんちに履いていった靴も、三度目を過ぎると使い物にならなくなった。仏の顔も三度まで、とか、三途の川、とか、仏教に関係する言葉に「三」という数字があるのも何かの因縁だろうか。俺は仏教徒ではないが、こう思うと仏様もあながち間違っていないかもしれない。

それにしても災難だった。最初は、車の中に置いてあったゴルフバッグが、窓を割られて盗られた。幸いキーは認証式だったので、車自体にさほど被害はなかったが、俺のこれからの余生を共に過ごそうと思っていた黒いヌメ革のそれをきれいさっぱり盗られたのだった。そのショックと来たら、親戚中にあんた大丈夫、と口ぐちに言われるほどだった。共に過ごす、というのはすこし大げさかも知れない。しかし実際、それしか愉しみがなかった。その車というのも、年収の半分を注ぎ込んで購入した新車で、誰かを乗せる為ではない、自分をどこか遠くに、誰も干渉しない場所に連れて行ってくれるための──いわば「冥土カー」とも言うべきものだった(陳腐な名前だが、本当の名前はもっとかっこいい)。 

二つめは、離れて暮らしている妻とその息子の口から逐一放たれる、「世間体に倣った」報告だった。妻は品行方正な人だが、悪く言えば、舗装された道だけを歩いてきた、あるいは植物が何の不自由なく生えるような温室で生きてきた人だった。だから子供にもそれを求めた。子供はすくすくと、まっすぐすぎるほど育ってきたが、俺にはそのまっすぐさが見るに堪えなかった。こちらに何の悪意も遠慮もなく、子供は今度MARCHを受験する、その為に塾の短期合宿に参加している、というような報告を隔週おきに電話してくる。疲れて帰ってきた家の留守電に、そのメッセージが表示されると、肩のあたりの鈍痛が酷くなった。

子供も、妻も、愛しているはずだった。飽きられて捨てられたのか、自分から相手に不満を抱いたのか、もう覚えていないほど疲労していた。子供部屋を残したままの二階は相変わらず広く、ただ空気の塊が滞る場所と化していた。

三つめの報せがやって来たのは、ちょうど役職が定年間際だというのに昇級した日の一週間後だった。昇級は所謂「お誂え」だった。この歳になって寄り添う伴侶もそばにいない中年に憐みを感じたのだろう。部下はこぞって俺を祝った。祝いの席が終わり、良い感じに酔いが回っている時、その電話は鳴った。

「華ちゃんが、亡くなった」

電話は弟からだった。姉の名前を呼ぶ聞き慣れた声が、騒がしい宴席の中ででもはっきりと聞こえた。

華ちゃん。俺の姉をそう呼ぶのは、俺の二つ下の弟と、実家の近所にあるニッキ飴工場で働いていた年上の女の人だけだった。 

「……そうか」

酔いが完全に醒める程の衝撃ではなかった。姉は十年前から肺を悪くして、入退院を繰り返していた。空気が澄んでいる季節には元気そうにしていたが、時々容態が悪化して長期入院を繰り返していた時もあり、俺もその都度見舞いに行っていた。この前見た時には、随分と頬が痩せていたように見えた。今わの際に吸いこそしないものの、大好きだった煙草をまるでお守りのように、いつもベッド脇のボードの上に置いていた。

両親と喧嘩した時に姉が玄関で吸っていた煙草の匂いと、親父に張られて赤くなった頬、それに悪態をついて唾を吐く姉の勇ましさと男らしさを、黄金色の記憶の中で思い出す。姉は音楽が好きで、とりわけ中島みゆきのファンだった。あんなに格好良い人はなかなかいない──そう言って、酔いが回った時には「ファイト!」を大声で歌い、気が済んだら自室のカセットテープラジオで「時代」を流し、そのまま眠りに就いていた。

当時学生だった俺に姉の姿は、正直、中島みゆきその人のように見えていた。なんというか、そう、豪傑だったのだ。どんな時にも、恐れを為さない人だった。そんな姉を誇りに思っていた。この人はきっと死なない。無口になるはずがないと、どこかで信じていたのだ。 

* * *

姉が亡くなったという話を、「世間体報告」の折り返しの電話で妻にした。告別式の日取りも相談したが、その日はどうしても緊急手術があり、職場を出られないのだという。妻は看護師だった。そういう職業を選んだところも、昔なら尊敬の念を抱いたと思うが、ぱっとしない人生を歩む俺にとって、彼女の人を救うという生き方はあまりにも眩しく、次第に俺の心を苛んでいった。

そういった不幸なすれ違いも、今の状況を作ってしまった一因のような気がしている。妻や息子は何ら悪くないことが、生活の狭間に鋭利なとげとして刺さり、喉元を締めつける。孤独を選び生きづらくなったのは、紛れもなく自分自身のせいだった。 

 

告別式は実家から程近い、小さな斎場で行われた。久しぶりに顔を見る親戚に交じって、茶を飲みながら各々が故人との思い出話をし、しばらくして経が読まれ、死に顔に面し、火葬場へ行き、最期の別れをした。弟は鼻水を垂らしておいおい泣いていた。その肩を抱いて俺が思っていたのは、やはり三度ですべてのものは死んでいく、ということだった。死んだ人間の前で三度念じるとその魂は上へ昇っていく。きっかり三度だ。紫陽花も、黒光りしていた靴も、唯一の家族も、三度順繰りに同じことをするとなくなってしまうのだ。なんという「三」の恐ろしいことだろう。しかし、とてもキリの良い数字のように思えた。三度の中で、一体どれほどのことを考えられるだろう。遺された者には、どれだけの猶予が与えられるのだろう。

生きているうちに、姉の煙草を一本だけでももらって吸えば良かった。姉からもらったニッキ飴を、蟻の餌にせず、自分で食べれば良かった。妻や子供をもっと愛してあげられれば良かった。自分のことを、もっと大事にしてやれば良かった。

そう考えているうちに、ようやく温かい涙が頬を伝った。

帰ってきた頃には、外は薄墨に煙る時刻になっていた。梅雨前線が北上し、明日は強い雨がひとところに降るという報道を見ながら、斎場で弔問客に配られた品──ひとつ残ったから、お前が持っていきなさい、と両親に渡された──の中身を開ける。

箱を開けると、すう、と、甘いなかにつんとした酸っぱさのある匂いが鼻をついた。そこには均等に杏が四つ、正方形の木箱の中に行儀よく収まっていた。どこにも不揃いなところのない、完璧なる杏だった。俺はジャケットをクローゼットの前に掛け、しげしげとその杏を暗闇の中で見つめた。

これも、三日放っておけば腐るのだろうか。 

どうしてか、それだけは見たくなかった。それだけは、見てはいけないような気持ちがしたのだ。これは俺の姉への気持ちだ。この果実が、どうしようもない俺を見てその形を為してくれたのだろう。

救われた思いだった。どこにも行き場のなかった思いが、ここに実をつけている。

腐る前に、「三度」がやってくる前に、今おまえを俺が食ってやるから。

 

‘‘ファイト! 闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中をふるえながらのぼってゆけ’’

 

姉は闘っていた。俺も、闘っている。

強く生きたい。たとえ何もかもが上手くいかず、生きることに投げやりになったとしても。

それが、俺から死んでしまったあなたへの手向けだ。

ありがとう。

そう言って、俺はその瑞々しい杏にかぶりついた。

安藤エヌ