【短編】透過──「レントゲン」People In The Box

【短編】透過──「レントゲン」People In The Box

背後で、扉が閉まった。最後まで手を添えておかなかったからだろう、大きな音が響き渡る。そのまま、階段を一段、一段と降りる度に、周囲の気温が下がっていく気がした。

脳にスモッグがかかった感覚があり、革靴が立てる足音は鼓膜を揺らしていない気がする。自分自身の足元が、ひどく遠く思えた。発熱をしたときに背が高くなった気がするのと同じような現象だろうか。早歩きをしないと予定の電車には間に合わないから部屋を飛び出したはずなのに、足がもたついていた。

エントリーシートを含めると、すでに三十社近くから祈られている。そんななか、唯一届いた二次面接への招待だったので、てっきり心が踊るだろうと思っていたが、実際は肺のあたりに氷が生まれたように苦しいだけだった。就職して社会に出ることに対して、本能的な怯えがあったのだ。それに、提出期限が迫りつつある卒業制作の詩集のことが、気がかりでしかたなかった。いいや、就職をしなければいけないタイミングまで、なにひとつとして為し得なかったという現実から、目を背けていただけだ。

二階の踊り場にさしかかったところで、誰かに呼ばれたような気がした。ガラス細工のような声色。これは、親のものではないし、親友のものでも、師のものでもない。幻聴だとわかっているのに、ふりかえる。クリーム色に塗られた手すりと、真っ黒な扉が二つある。なにひとつ変わらない。身震いがして、早く降りなければと、先を急ぐことにする。

マンションを出て、十字路で信号を待つ。向こう側には、散歩をしているチワワとその飼い主がいる。チワワと目があった途端、チワワはしゃがれた声でこちらに向かって吠えてきた。目と歯茎を剥いて、必死に吠える。焦った飼い主はチワワを抱え上げ「だいじょうぶだよ、こわくないよ」となだめた。

信号が青に変わり、愛犬を抱いたまま飼い主が歩いてくる。チワワは私から目を離さないまま狂ったように吠え続けていた。人間以外の生き物にも嫌われているのかな、と笑えてきた。吠えるほどにしゃがれる声を背中に、先を急ぐ。何台もの車が道路を走り、どこかへ消えていく。時折、かつて親が乗っていたシルバーの車体を見かけた気がして目で追うが、車種を判別できないうちに去ってしまった。

葉を落としはじめた街路樹の木漏れ陽が蠢いている。ピアニカを抱えた半袖半ズボンの小学生が、脇道を駆け抜けていく。その風によって、セイタカアワダチソウが揺れる。その黄色い花は、幼い頃、上級生にこの長い茎につたをかけて弓を作ってもらったのを思い出させる。その人は、たしか突然他界してしまったらしい。心臓発作だったと聞いているが、実際はどうだったのかわからない。

ふたたび横断歩道を渡り、駅へ続く道を小走りで進む。途中で老夫婦を追い越したあと、「すこし悪寒がしたわ」「いや、懐かしい感じだ」と言われた。生きているだけで、赤の他人にも迷惑をかけてしまうようだ。

駅の改札へとつづく長いエスカレーターに乗り、止まらず上る。横に並んで階段もあるのだが、そちらを男がものすごい速さで駆け下りていった。足を止め、見下ろすと、男が倒れており、奥行きを感じさせる赤黒い液体が、じっくりと拡がっていくところだった。

「大丈夫ですか?」「交番そこなんで呼んできます!」「救急車呼びます」「こっちですこっちです」「あららら、結構いってるね」「体起こさないほうがいいよ」──さまざまな声が聞こえるが、手助けに加わることはできない。小さくなっていく事故現場を見ながら、命が助かることを祈りながら、改札に定期券をかざし先に進む。血の鮮やかさが、そして後ろめたさが、脳裏にこびりついた。

男を助ける人々の声は、次第に小さくなる。叫び声が細切れに聞こえたが、血だまりに驚いた通行人のものだろう。そういえば、驚いたというのに黙り込んだままだった。私は、命の危機に瀕したとき、叫べるのだろうか。

気づけば車両の中に立っていた。ぼーっとしていても、ある程度慣れた道筋なら体が勝手に動いてくれる。人間の慣れは便利でおそろしい。リクルートスーツの上からビジネス用ロングコートを羽織っているので、座るときっと邪魔になると思い、ドア横の手すりの前に立った。

もう十年近く同じ路線を使っているが、ガラスの向こうを流れていく景色の細部には見覚えがないことが多い。あんな鉄塔はあっただろうか。いつかだれかと遊んだ路地が、気づいたら無くなっている。住宅街で遊ぶ子供たちはジオラマに置かれた作りもののようだ。今日は久しぶりに猫がいるのを見つけて、すこし嬉しくなった。真っ白な猫と目があった気がして、手をふろうとしたものの、周りの目が気になってやめた。

五つ目の駅で、向かいのホームに人影を見つけた。長い髪で顔が隠れている。anelloの緑のリュックと、青いアディダスのシューズ。かつての友人も、似たようなものを身につけていた。判別するより先に、向かいのホームへ電車が入ってくる。乗っている電車がすぐに発車してしまい、目を凝らしてもガラス越しにその像はゆがみ、遠ざかるほどに見ず知らずの人に変貌していく気がした。連絡してみようかと思い、スマートフォンを手に取る。

画面にはいくつかの通知があり、「今日面接だっけ、がんばってね」「二限来ないの?」「ノート見せて」「本日のゼミ出る人―?」など、緑の吹き出しが並ぶ。どれかは恋人か、友人からの連絡のはずだが、確認せずにポケットに戻す。なんとなく画面に焦点が合わなかった。代わりに面接での質疑応答を想定したメモ書きを取り出そうとしたが、読む気にはなれないので、また景色を眺めた。

電車は橋を通過している。広い土手のある大きな川。その水面は光を捻じ曲げながら形を変え続けている。その目映さに目を細めながら、銚子にある灯台から見下ろした、光で真っ白になった海原を思い出していた。波頭が無数の心電図のようにみえるのが面白かったので、プールや海や川を眺めるのが好きだった。

さすがに目に悪いかな、と乱反射から視線を逸らすと、水鳥たちが一斉に飛び立った。その奥から飛行機が離陸する。群れの影に紛れて飛び立つ様子は、何かの本に載っていただまし絵のようだった。似たCDジャケットも目にしたことがあったはずだ。

秋空の青には、独特の温もりが滲んでいる。空には、季節ごとに異なるエフェクトがかかっているように思えるが、冬だけは覆い隠すものがなくなった、ほんとうの空の青だ。

午後の陽射しが目に染みる。冬にはこの光がさらに研ぎ澄まされて、目を焼き切るような質量をもつ。そして冬の入り口に立つ頃には、詩集の提出期限が来てしまう。

「きみにだけは才能がない、魂がないんだよな」師に、他のゼミ生の前で言われたセリフがこだまする。まただ。ゼミ生の自宅に集まって鍋を囲んだ際、酒の回った師から告げられた日からずっと、正体を見られた枯れ尾花のような気持ちだった。

枯れ尾花には魂があるが、自分にはない。どうして書きたいことが見つからないのに、表現する側にいたいと醜くしがみついているのだろうか。その心根が、七十年間表現をしてきた人にはお見通しだったのだ。だから、恨みはない。けれど、言葉は意味を植え付ける。呪いのように過去を改変し、未来をも変質させる。

思考がどんどん曖昧になり、師の言葉だけが反響する。それを遮るために、People In The Boxの「スルツェイ」が聴きたくなった。スマートフォンを取り出し、アップルミュージックで検索をかけ、タイトルに触れる。しかし、「この曲は現在、この国または地域では再生できません」と表示され、再生できない。外に目をやるとちょうどトンネルに入り、窓ガラスの向こうは真っ黒になった。ここからは目的の駅まで、ずっと地下に潜っている。轟々と、電車の走行音が反響するのを、目をつむって聴いていた。立ったままでも、眠ってしまえそう。

詩集を完成させるには、あとひとつ、作品が必要だ。テーマは死生の境界。家族の死、それから敬愛するギタリストやミュージシャンの死を発端に、かつて目にした死にまつわる記憶を、ひたすら日記のように記録してきた。その詩集を、ただの日記で終わらせるのは避けたかった。医療や理性のように死生の境界を事実的に定めるのではなく、芸術だけに可能な反魂を試みたかった。自分自身にも魂があると信じたかったのかもしれない。そのためには、今まで書いてきた詩に対するひとつの答え足りうる体験が必要だったのだ。

一度、時間をたしかめる。あと十五分ほどで目的の駅に着くようだ。さすがに緊張しはじめてしまい、肩や首のあたりに違和感が生まれる。平静を装うために、ふたたび目を瞑り、電車内の声に耳を傾けてみると、「なんでできないの?」「無理だもん」「申し訳ございません、至急手配いたしますので……「犯罪者みたいな目だな、この間の無差別の事件の」「身勝手だなあ」「そんなんじゃ帰れなくなるよ」と、なぜこんなにもネガティヴな話題が多いのだろうと苦笑いしてしまう。

耳栓の代わりにカナル型のイヤホンをつけた。乗客の声が曖昧になった代わりに、低い轟音がより強調された。そのくぐもった低音に混じって聞こえるのは、おそらく赤ん坊の泣き声だろう。

足元に違和感があったので確認すると、靴紐がほどけている。結ぼうとして、ゆっくりとしゃがむ。すると、うさぎがこちらに向かって重そうな体で近づいてきていた。片足が悪そうで、もったりもったりと前進する。紐をさっさと結び、うさぎのほうを見た。全身が曇り空のようなグレーで、毛量も多い。冬毛だろうか。抱え上げようとしたところで、車内アナウンスが響いた。次の駅で降りなければならない。

うさぎに手を伸ばそうとして躊躇したあと、おそるおそる人差し指を鼻先に向けた。うさぎは、丸い目で指をじっと見てから指の匂いを嗅ぐようにしたあと、こちらに背を向け、重そうな体で去っていった。一回くらい抱いてみたかったな、とわずかに後ろ髪を引かれる思いはあったが、ちょうど電車が減速しはじめ、連結部が軋む高音が車内に何度か響き、停止した。イヤホンを外しながら、降車する。

すぐ目の前の改札は、乗り換え口には繋がっていなかった。一輌目に乗っておくべきだったのに、どうして間違えたのだろう。同じ業界の会社ばかり受けていていると最寄り駅が限られるので、別の駅と勘違いしたのだろう。スマートフォンを取り出し、時間をチェックしようとする。しかし、ホームボタンを押しても、画面が暗いままだ。以前にもこのような状態になったことがある。まあ、電車が予定通り駅に着いていれば、遅刻することもないだろう。

ここから改札口まではひどく遠い。祖母が入院していた病院の廊下を思い出した。ちょうど突き当たりを左に曲がると霊安室があったから、位置関係も似ている。壁の色も、幼虫の体のようなクリーム色だった。あのとき、病院を歩きながら感じたふるえのような感覚はなんだったのだろうか。

他にも降車した人はいたようで、後ろ姿が点々と見える。遠くにいる白い服の女性と、黒い服の男性は、二人揃ってストラトキャスターを持っている。赤いランドセルを背負った丸坊主の子供が私を追い抜き改札へ走っていく。ホームにいる人々を観察していると、祖父に似た容姿の老人が壁際に立っているのを見つけた。お年寄りはみんなどこか似ているので、祖母や祖父に似た人を見かけることは多かった。やけに背の高いスーツ姿の男女が電車を待っている。ふたりとも白いマフラーを巻いており、微笑みあっていた。夢みたいな光景だな、と思いつつ目をこすり、瞬きをくりかえしてみたが、頭の中のスモッグは晴れない。

顔を上げると、ちょうど二組のベビーカーを押す親子連れがすれちがうところだった。改札に向かう家族の子供が、前方からやってくる家族に手をふっている。ベビーカーに乗っていた子供がそれに気づいたようで、体を起こして、手をふりかえす。そのまま、二つの家族はすれ違った。「よかったね」と、手をふりかえした子供の母が声をかける。子供は、母に返事をするわけでもなく、表情も変えない。ただ、私とすれ違うほんの一瞬だけ、子供がこちらを見た気がした。前を行く人々と同じように、私も改札を目指し、歩いた。

子供たちのやりとりを見たとき、曇っていく脳の霞を越えて、細い光芒が射した気がした。あたまの奥が仄あたたかい。そうだ、ちょうど、先ほどの光景によく似た歌詞があった。‘‘すれ違うベビーカーでまた会おうぜ’’。People In The Boxの「レントゲン」のサビが、メロディーと共に脳内に響いた。肺の裏あたりに喜びが溜まって、胸が高鳴る。

無造作にみえる文字列や、ふと思いついて書き留めた言葉が後から意味を持つことがある。そのときの言い得ぬ喜びを、詩や小説を書いたり読んだりするたびに味わってきた。そのために書いてきたとも言える。ついさっき目にした光景と歌詞との共鳴を、私は、私のために、きっと詩にしなければならない。

そう決意したところで足が止まる。そうか、このできごとを、私は詩にはできなかったのだ。なおも改札は遠い。次の電車が迫る音が、地下中に反響している。

 

文=Fg(butohes)
写真提供=はやしあゐり

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butohes

都内を中心に活動する4人組ロック・バンド。幽玄なギターワークと水や重力を彷彿とさせる低体温な歌詞、またシューゲイザーやポストロック、アンビエントを絶え間なく行き来する楽曲群が早耳の音楽リスナーを中心に話題を集め、昨年6月には初の音源集となる『Lost in Watercycle』をリリースした。バンド名は日本の前衛芸術「暗黒舞踏」に由来する。

(写真L→R)
Kanju Inatsug(Gt,Cho)
Naoto Fg(Ba.)
Michiro Inatsug(Gt,Vo)
Kate Yonnesz(Dr.)

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Twitter:@butohes_japan

musit編集部