リバイバルはあるのか?──時代の徒花、エレクトロクラッシュをクラフトビールと共に振り返る

リバイバルはあるのか?──時代の徒花、エレクトロクラッシュをクラフトビールと共に振り返る

ある休日の昼下がり、私は三重県の伊勢角屋麦酒から発売されたビール「エレクトロスカッシュ サワーIPA」を飲んでいた。爽やかな酸味とトロピカルなフレーヴァーが喉を通り抜けた時、私の脳裏に10数年ぶりに「エレクトロクラッシュ」というワードが浮かんできた。

エレクトロクラッシュってどんな音楽?

「エレクトロクラッシュ」はゼロ年代前半に流行した電子音楽のジャンルだ。ニューウェイヴ──とりわけエレポップやニューロマンティック、初期《Mute》的なエレクトロからの影響が窺えるチープなシンセ・サウンドとキャッチーなメロディー、デトロイト・テクノやアシッド・ハウス譲りのビートやサウンドメイク。トラッシュ感やバッドテイスト万歳のリリックやヴィジュアル・イメージ。ケバケバしさとハッタリ感満載のルックス。アーティストごとに要素の違いはあれど、共通項を挙げるならこんなところだろう。

海外では90年代終盤から同時多発的にそういったアーティストが出現し始めたわけだが、NYのDJ/プロモーターであるLarry Tee(ラリー・ティー)が「エレクトロクラッシュ」と名付け、2002年に《Electroclash Festival》を開催したことがムーヴメントの契機となったようだ。日本では、エレクトロクラッシュと時や場所を同じくしてムーヴメントとなっていたThe RaptureやYeah Yeah Yeahsなどのポストパンク/ニューウェイヴ・リバイバルと併せて、2003〜2004年頃に雑誌等の特集が組まれていた。

一時は確実に盛り上がりを見せていたエレクトロクラッシュだが、ゼロ年代半ばからシーン自体が霧散し、よりキャッチーさとプロモーションのセンスを持った『Kitsuné Maison』周辺のニューエレクトロ勢に取って代わられる、もしくは吸収される形で消滅した(ように私は感じた)。今では話題に上がることはほとんどなく、忘れ去られた存在となったのはなぜだろう? イロモノ感が強すぎたのか、かつてのポジティヴ・パンクのようにメディア先行の作られたムーブメントだったからなのか。

ヴィジュアル・イメージは胸焼けしそうなほどアクが強いアーティストもいるが、サウンドは古さを感じさせない普遍性を持ったシンセ・ミュージックでもある。そんな時代に埋もれてしまったエレクトロクラッシュを今一度掘り起こす意味で、ビールを呑みながら代表的なアーティストを紹介しよう。

Fischerspooner

Casey SpoonerとWarren Fischerの2人を中心とするプロジェクト、Fischerspooner(フィッシャースプーナー)。

高速シンセポップ「Emerge」のヒットによって一躍シーンの代表的存在となった。まるでアメコミのキャラクターのようなド派手なコスチュームやヴィジュアル・イメージや、ライブというよりショーと呼ぶべきシアトリカルなステージ・パフォーマンスも彼らの魅力だ。

雑誌『remix』no.142に掲載されたインタビューによると、彼らはダンス・ミュージックを志向しているのではなく、ロックを音楽的な基礎として、例えばマドンナやブリトニー・スピアーズのようなポップスターを目指して活動をスタートしたそうだ。

残念ながらオリジナル・アルバムのリリースは2018年の『Sir』が最後で、2019年に活動休止が発表された。その後リミックス盤『Emarge2020』がリリースされたが、表立った活動は現在も休止中のようだ。

DJ Hell

エレクトロクラッシュにカテゴライズされるアーティストを数多く排出したレーベル《International Deejay Gigolo》のオーナー。そして本人もDJやクリエイターとして活動している。

2003年リリースの『NY Muscle』は、ニューヨークという都市とそこに住むアーティストにインスパイアされて生まれたアルバム。アシッドあり、ミニマルありのバラエティーに富んだ作品だが、その中でもエレクトロ・パンク・ユニット、SuicideのヴォーカルであるAlan Vegaをフィーチャーした「Listen to the Hiss」が面白い。DAFを思わせるブリブリなリード・シンセと亡霊化したエルヴィスの如きアランのヴォイスがマッチした鳥肌トラックだ。

ちなみに。とある雑誌によると、Hellはエレクトロクラッシュの仕掛け人であるLarry Teeと犬猿の仲らしい。よって、彼はこれらの音楽をエレクトロクラッシュと呼ばず、Afrika Bambaataa(アフリカ・バンバータ)の系譜としてのエレクトロ・ファンクと定義しているそうだ。

彼の近年の作品はエレクトロクラッシュ的な音楽から離れてしまったが、2017年リリースの『Zukunftsmusik』ではKraftwerkやClusterなどのジャーマン・シンセ・ミュージックを彷彿とさせる音楽を展開。また、2021年にリリースされたJonathan Messeとの共作『Hab keine Angst, hab keine Angst, ich bin deine Angst』ではBlixa BargeldやRaster Notonを想起させるエクスペリメンタル色を強く出した。Hellの表現への飽くなき探究心は留まることを知らない。

Peaches

『流行通信』vol.489より

今回取り上げるアーティストの中でも、DJ Hellの言うエレクトロ・ファンク色が特に強いのがPeachesか。2ndアルバムのタイトルが『Fatherfucker』であったり、基本的にはお下品なのだが、曲はポップでキャッチーなものが多く聴きやすい。Iggy Popをフィーチャーした「Kick it」はバカっぽいパーティー・ロックで最高にカッコイイ。

彼女を筆頭に、エレクトロクラッシュのアーティストは全般的に下世話なエロや下ネタが多い傾向がある。だからオーバーグラウンドでのヒットに繋がりにくかったのかもしれない。というかメジャーレーベルだと本腰入れて売りづらいよな。まぁそこが良さでもあるんだけど。

Chicks on Speed

『流行通信』vol.489より

エレクトロ、ニューウェイヴ、アシッドなフレーヴァー、そしてファッション性とアート。エレクトロクラッシュを語る上で必要な数多くの要素を最も持っているのが彼女たちかもしれない。

ドイツ・ミュンヘンのアートスクールで出会った、オーストラリア出身のアレックス、NY出身のメリッサ、ベルリン出身のキキによって結成(現在キキは脱退)。Karl LagerfeldやJeremy Scottなどのファッション・デザイナーとコラボレートするなど、ファッション業界とも親交が深いことでも知られている。

エレクトロクラッシュ勢はニューウェイヴ期のカヴァー(※1)が多いことも特徴の一つだが、彼女たちもアルバム『Will Save Us All』の中でThe Normal「Warm Leatherette」をカヴァーしている。

メリッサは2021年にVoocha名義で様々なプロデューサーとコラボしたアルバム『Everything Changes』をリリースするなど、近年はそれぞれが別プロジェクトや現代アートの方面で活動していて、Chicks on Speedとしてのリリースやライブの頻度は少ない。

アルバムとしては2014年の『artstravaganza』が最新となるが、DAFをオマージュしたような「Peter on Acid」(ヴォイスはガビ・デルガドのように思えるがPeter Weibelという人物らしい)、ニューウェイヴ・ファンにはおなじみのカルト映画『リキッド・スカイ』の劇中歌「Me & My Rhythm Box」を想起させる「Plastic Bag」など、本気なんだか冗談なんだかよく分からない名曲(迷曲?)も収録されていてオススメである。

※1:FischerspoonerによるWIRE「15th」、Miss Kittin & The HackerによるErythmics「Sweet Dreams」、Hong Kong CounterfeitによるSouxie & Tthe Banshees「Hong Kong Garden」など。

Miss Kittin

現在はKittin名義で活動するMiss KittinことCaroline Herve。

Miss Kittin & The Hackerとして《International Deejay Gigolo》よりリリースされた「1982」は、1998年のドイツの世界最大規模のレイヴ《Love Parade》でトリを務めたWestbamによってフィナーレでスピンされるなど、伝説的なエピソードを持つ名曲。

また、関係者に訴えられないか心配になってくるしょうもない歌詞とヒンヤリした冷たい質感がかっこいいダークなトラック「Frank Sinatra」も私は大好きだ。

しばしばエレクトロクラッシュはレイヴ・カルチャーへのカウンター、もしくはアンチ的に語られることもあるが(※2)、Miss Kittinに関していえばニューウェイヴの要素を取り込むことによってレイヴに新しい価値観を提示した存在。決してカウンターやアンチではなかったと言えるだろう。

その後はDJやソロとして活躍しつつ、2022年にはThe Hackerとのコンビで『Third Album』をリリース(Kittin & The Hacker名義)。さすが流石にリリックの毒気は薄れたと信じたいが、ダークでアシッドなサウンドは健在である。

※2:『remix』 no.142のLarry Teeのインタビュー見出し「レイヴ・カルチャーは敵だね!」、同文中の発言「エレクトロクラッシュはレイヴに対するカウンターである」より。フェイスレスな90年代レイヴ・カルチャーに対してのエレクトロクラッシュ勢のパーソナリティーの重要性、アンチネイチャーなど、確かにカウンターであったからこそ受け入れられた部分はあったにせよ、シーンを牽引した《International Deejay Gigolo》が90年代テクノから地続きであることを考慮すれば、「アンチ」という部分はあくまでLarry Tee個人の意見、もしくは音楽メディアのセンセーショナルな煽りではないかとも考えられる。

「エレクトロスカッシュ」は「エレクトロクラッシュ」のオマージュなの? 伊勢角屋麦酒に聞いてみた

その他にもテクノ/ハウスとシンセポップを融合させたTIGA、初期《Mute》やコールドウェイヴからの影響を感じさせるADULT.、80’sのBAT CAVEなゴス・バンドであるSpecimenの元メンバー、 Johnny Melton a.k.a. Jonny SlutによるATOMIZERなどなど。どこまでがエレクトロクラッシュなのか分からないが、ヤバくて面白い人らが満載だった。Volkmusikも好きだったな。

ところで「エレクトロクラッシュ」を検索すると、音楽ジャンルに混じってこんなものが引っ掛かる。

もしかして「エレクトロスカッシュ サワーIPA」ってこっちから!? 折角なので伊勢角屋麦酒に問い合わせてみたところ、ありがたいことにこのビールのレシピを書いた山宮氏より回答をいただいた。

筆者:御社は最近「STAY GOLD IPA」(Hi-STANDARD)や「SHADOW PLAY imperial stout」(Joy Division)など音楽をオマージュしたであろう銘柄を発売しておりますが、今回の名前はエレクトロクラッシュからの着想でしょうか?

山宮氏:音楽ネタを把握していただいてるのは非常に嬉しいです。マイナーなのですが、goatbedというエレクトロ系のユニットの楽曲「エレクトロスカッシュ」をそのまま引用してます。(彼らは)オマージュネーミングが多いので、おそらくこの曲はエレクトロクラッシュをオマージュしたものだろうと思います。

ななな、なんと!?!? goatbedの方でありました。「エレクトロスカッシュ」が収録されたアルバム『テクニコントラストロン02』は私も発売当時からの愛聴盤ですので、無論この曲のことは頭によぎりましたが。伊勢角屋麦酒恐るべし!!

とすると、「STAY GOLD」もハイスタではなくBUCK-TICKの方という可能性も?

レビュー:エレクトロスカッシュ サワーIPA

最後に、伊勢角屋麦酒の「エレクトロスカッシュ サワーIPA」を詳しく解説して本記事の締め括りとしたい。

まず、このビールの一番の特徴は「ラカンセア酵母」を使って造られたサワーエールであるということ。

サワーエールというとケトルサワーなど添加した乳酸菌によって、もしくはワイルドエールなど天然の乳酸菌によるものなど、従来は乳酸菌による乳酸発酵が必要であった。

しかし、近年使われ始めたこのラカンセア酵母は、酵母単体でアルコール発酵と同時に乳酸を生み出してしまうという驚異の特性がある。ちなみに、ラカンセア酵母はマルハナバチなどの蜂の体内由来のものと、イチジクなどの植物由来のものがある。今回使われた酵母はどちらの出自かは不明だそうだが、いずれにせよ少しミステリアスな酵母だ。

ほかにもこのビールの特徴を挙げると、日本ではまだマイナーなスタイルであるサワーIPAであること。そしてパッションフルーツ、マンダリンオレンジグァバなど様々なフルーツ、そして隠し味にごく少量の塩も使われている。

では、飲んでみよう。

爽快な乳酸の酸味とフルーツの味わいが溶け合い、トロピカルかつ爽やかな飲み口。乳酸菌発酵させたサワーエールと比べると酸味は幾分まろやかである。飲む前はスムージー的なものを想像していたが、さらりとしていてドリンカブル。

サワーIPAは「サワーエール+IPA」なので、ものによってはかなり酸っぱ苦いものもあるが、このビールはホップの苦味は控えめなのでサワーIPAビギナーも飲みやすい。そして後味はベタつかず、暑い季節にとっても嬉しいさっぱりしたテイストだ。

この夏は伊勢角屋麦酒のビールを呑みながら、エレクトロクラッシュ & goatbedを聴いて爽やかな気分でポケカしよう。

(写真=筆者提供)

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伊勢角屋麦酒

・HP:https://www.kadoyahonten.co.jp/
・オンラインショップ:https://www.biyagura.jp

参考資料

・『remix』no.142
・『remix』no.158
・『ミュージック・マガジン』2003年8月号
・『流行通信』vol.489

仲川ドイツ