結局サブスクってどうなのよ?という話

結局サブスクってどうなのよ?という話

SpotifyやApple Musicをはじめとした、いわゆる「音楽ストリーミングサービス」「音楽サブスクリプションサービス」の台頭により、ここ数年で音楽の聴き方が激変しました。もはや「サブスク」は一般常識となり、流行語大賞にもノミネートされるような時代です。

しかし、サブスクの恩恵を受けるのと同時に、その弊害を意識するようになった方々も多いのではないでしょうか。今回は、下記に具体的なサブスクの欠点をいくつか挙げ、改めて音楽の聴き方を考え直すきっかけにしていこうと思います。あくまでリスナー側からの視点ですので、そこはあしからず。

 

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アルバム1枚にかける時間の圧倒的減少

音楽ストリーミングサービス「Deezer」の調査によれば、英国に住む25歳未満の音楽ファンの15%が「一度もフルアルバムを聴いたことがない」そうです。なんとも強烈な調査結果ですね。

 

サブスクの登場で、世界中のあらゆる時代の音楽に簡単にアクセスできるようになりました。まさに「あれもこれも」状態となった今、1時間もかけて1枚のアルバムを聴き込むなんてことは、リスナーにとっては苦痛かもしれません。そうでないにしても、膨大な量の新譜を追いかけようとすると、どうしてもアルバム単位で聴かない作品が出てきてしまいます。あるいは、趣味が多様化していることがこの流れに拍車をかけているとも言えそうです。

アルバムから好きな曲をピックアップしてプレイリストに追加することが、まさかここまで一般化する時代が来るとは。今やそこら中にプレイリストが乱立し、言うなれば「誰でもDJになれる時代」となりました。

この流れに合わせて、少しでもアルバム単位で聴いてもらえるように、フルアルバムの尺も世界的に短くなる傾向にあります。1時間未満は当たり前で、30分前後のものが「フルアルバム」としてリリースされることも増えてきました(この流れに逆らうように、あえて長尺にしたり2枚組でリリースするアーティストも出てきているのですが)。

 

配信が止まって初めて分かる脆弱性

例えば、とあるアーティストが所属しているレーベルの問題や権利関係といった「大人の事情」で、しばしばサブスクの配信がストップしてしまうことがあります。そうなると、せっかく自分の端末のライブラリに落とした音源も消えていまい、当然共有プレイリストからも曲が抜けてしまいます。ユーザーとしては「当たり前に配信されている」という前提でサブスクを利用しているので、配信が停止するのは意外と大きなストレスになります。

これに対する処置として、YouTubeに公式の無料音源をアップするなどの対策がありますが、それはあくまでアーティスト側の好意に基づくものであり、多くの場合は理想的な形ではありません。結局こうしたサブスクの脆弱性を経験してしまうと、CDなどのフィジカルな媒体のありがたさを噛み締めることになります。

 

同調圧力による精神的苦痛

主にTwitterのタイムラインを想定した話ですが、自分の「音楽アカウント」を持っていて、音楽関連のアカウントをフォローしている場合、毎日のように音楽の話題が飛び交うことになります。サブスクの登場で気軽に音楽を聴けるようになったことで、誰もが音楽を評価することが容易になりました。新譜が配信される0時頃のタイムラインの盛り上がりを楽しむ人も多いかと思います。もちろんそのプラス面は言わずもがなですが、対して「同調圧力」を生む危険性も十分にあります。

例えば、多くの人が絶賛している作品を自分はあまり好きではなかった場合、その乖離に少なからず悩まされるかもしれません。皆が「良い」と評価する流れが同調圧力的な空気を生み出すことは想像に難くありません。これは単にSNSを見なければ回避できることかもしれませんが、音楽の情報をキャッチするためにTwitterなどを活用している場合、なかなかそうもいかないのが現状です。

 

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サブスクを利用することで聴く音楽の絶対数が以前より格段に増えた結果、一つ一つの作品に対する「思い入れ」は明らかに薄れていると個人的には実感しており、また多くの人が少なからずそう感じているのも事実だという感触があります。

誰もがSNSで年間ベストアルバムを発表する時代になりました。もちろんそれを否定するつもりはないですし見ていて楽しい部分もありますが、その発表をしたいがために膨大な量の音楽を聴いているのだとしたら、それは倒錯行為です。当たり前ですが、音楽をたくさん聴いているからといって「偉い」ということはないです。周囲に流されず、音楽を聴くことの楽しさを自分なりに追求することを忘れず、その一助となる存在がサブスクであってほしいものです。

おすしたべいこ