GLIM SPANKY「大人になったら」を聴いた夜、私は空を落下した

GLIM SPANKY「大人になったら」を聴いた夜、私は空を落下した

涙が、落ちていく。
頬を伝うのではなく瞳から直接地面に落ちていく。
ぽたりぽたりと音を立てて、でもその音もまた自分で後付けしているのだと本当は分かっていた。

なんとなく知っていた。恋のいろはなんて。
20代前半までに全て済ませていたつもりだったのだ。
誰かを好きになるとかならないとか、嫌われるとか気まずくなるとかそういうの。
そういうの、もううんざりだった。

だから22歳で迎えた<結婚>を、ラッキーだと思っていた。
結婚する自体が正義じゃないし幸せの最終形だとは思わない。

けれど愛する人と結婚すると決まった時、静かに確信したのだ。

「これで私は『大人』になるんだ」

私は孤独と引き換えに”普通の大人”という肩書きを手に入れた。
手放した孤独は引き払ったアパートに置いて出た。

GLIM SPANKYを聴いたあの夜は飲み会の帰り道だった。

乗り物に揺られるとお酒が回ってしまう体質だから、少し飲み過ぎた日はだいたいこうして歩く。
のろりのろりと足を引きずると、乗るはずだった赤色のバスが横切っていった。

早く、体を前へ。家族が家で待っている。

流れてきたのはGLIM SPANKYの『大人になったら』だった。
雫が落ちるように、ボーカル・松尾レミの唯一無二のハスキーボイスが一滴ずつ耳の奥に沁みていく。

ノスタルジーなブルース・サウンド。
あ、この感じ。
体がふわっと重力を失くして広い場所に投げ出される、この感じ。

こんなロックは知らない 要らない 聴かない君が
上手に世間を渡っていくけど
聴こえているかい この世の全ては
大人になったら分かるのかい

体が地面から宙に浮くんじゃない。
空から、空の高い高いところから落下していく。

それは昔よく見た夢だった。
街を見下ろしながら体がゆっくりと落ちていく夢。
子供の頃によく見ていて、大人になったら見なくなった。

夢の中では、落下の衝撃を恐れてなんていなかった。
ただ限られた時間を楽しむように、目を凝らして底に広がる風景を眺めるのだった。
わくわくした。静かに死んでいくみたいで。

結婚をして孤独を失うのは、喜ばしいことだと思っていた。
だから未練なんて無かった。無いはずだった。
でも孤独を手放してから、空を落ちるあの感覚も失くしてしまった。

猫被り 大人は知らない
この輝く世界がだんだん見えなくなっていくけど
いつか昔に強く思った憧れは決して消えない
消えやしない

私もたぶんこの曲のように。
たぶんいつも嘆いていた。
たぶん何か叫んでいた。
たぶん抗っていた。たぶんこんな風に。

それなのに”大人”の手前まで持っていたパワーやエネルギーや爆弾のような怒りを、気づかぬうちに忘れてしまっていた。

誰か教えておいてほしかったよ。
大人になったら、空を落ちることもなくなるなんて。

イヤホンから流れる音楽に身を委ねながら、自宅への帰り道。
一歩一歩進めては、涙が地面へと落ちた。

私はただ、おんおんと泣いた。
大人になっても人は音楽で泣くのだと知った。

あの日手放した孤独の名は<私らしさ>だったのだ。

GLIM SPANKYは、大人になりきれない私たちの味方だ。
「ずっと子供でいたい」と訳もなく叫びたくなる、そんな夜に手を差し伸べてくれる。

だからGLIM SPANKYを聴けば、私たちはいつでも取り戻せる。失った孤独や焦燥感を。
空を落ち、解放されて、いとも簡単に分からずやの子供に戻っていける。

私たちは否応なしに大人になるけど、けど、けど、本当は忘れたくないのだ。
誰かに叫ぶことや何かに抗うことを。

もう一度、ただ一度でいいから、空を落下したい。あの夢を見たい。子供に戻りたい。
不安定になりたい。何かに怯えたい。
不感症な”ただの大人”になりたくない。

だから私はほんのたまに、イヤホンをつけてこの曲をセレクトしてしまう。

GLIM SPANKYという天才が、私たちという凡人を歌ってくれるバンドで良かった。
一瞬だけ”大人”を放棄し、目を閉じて音楽に沈んでいく人々へ向けて、彼女らは今日もこう囁くのだろう。

私たちは やることがあって ここで唄ってる

 

みくりや佐代子