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YUIが『NATURAL』で再構築したものとは

By對馬拓

2021年2月24日、YUIがデビュー15周年を記念したセルフカバー・アルバム『NATURAL』をリリースした。

この作品は、現在FLOWER FLOWERのフロントマンとして活動するyuiが、ソロ時代の名義であるYUIとして発表したもの。ゼロ年代〜テン年代前半のJ-POPシーンを駆け抜けた彼女が、数あるヒット曲の中でも特に人気の高い6曲をセレクトし、新たなアレンジを施すことで再構築したアルバムとなっている。

「yui」ではなく、あくまで「YUI」と表記するということ。この作品に込められた意味(あるいは意義)は、決して並大抵のものではないはずだ。彼女は、『NATURAL』で何を提示しようとしたのだろうか。

青春の終焉

「YUIは青春そのものだ」--そんなことを言おうものなら、20代後半〜30代前半あたりのリスナーであれば、首の骨が外れるくらい頭を縦に振る人も多いだろう。

2005年2月23日、1stシングル「feel my soul」でメジャー・デビューを果たしたYUI。竹内結子が主演を務めたドラマ『不機嫌なジーン』の主題歌として流れていたのをよく覚えているし、『ミュージックステーション』に初めて出演した際のあどけない姿もありありと思い出される。

儚げで、凛とした歌声。触れたら壊れてしまいそうな、それでいて確かな存在感。アコースティック・ギターを抱えて登場したYUIという名のアイコンが、その後のJ-POPシーンに与えた影響をこの場でわざわざ語るのも野暮というものだ。

YUIが歌詞として紡ぐ言葉は、「等身大」と評されることが多い印象だった。時には愛を叫び、祈り、大切な誰かとの関係を丁寧に描き、また時には歯に衣着せぬ言葉で不満をぶつける(その点でいえば、『I LOVED YESTERDAY』は非常にバランスの良い傑作アルバムだったが、その話はまた別の機会に譲りたい)。筆者も、そんな彼女の歌を聴きながら多感な10代後半を過ごした。

決して飾らず、嘘偽りのない感情を奏でるYUIの音楽は、お世辞にも輝いていたとはいえない黒い海のような青春時代を過ごしていた筆者にとって、岸辺に咲いた圧倒的に美しい一輪の花みたいだった。

だから、彼女が「YUI」としての活動を終了した2012年は、自分の青春にもどこか大きな区切りがつくような、もっと言えばその終焉を象徴するような、そんな心地がした年だったように記憶している。あの岸辺に残ったのは、枯れて散った花びらだけだった。

その後、2013年には名義を「yui」に改め、FLOWER FLOWERを結成。彼女は音楽シーンを去ることなく、新たなフィールドで自らの理想を追求する道を選んだのだが、正直なところ、どうにも自分の中では気持ちの整理がつかないまま時が過ぎていった。それだけ、筆者にとって「YUI」という存在は絶対的なものだった。

YUI、再び

2020年11月13日、注目のYouTubeチャンネル《THE FIRST TAKE》にて、「TOKYO」と「CHE.R.RY」の2曲を一発撮りで披露。「YUI」名義で活動するのは、実に8年ぶりの出来事だった。

無論、このサプライズともいえる映像は、彼女が2020年でメジャーデビュー15周年を迎えた節目に相応しいものだったが、これはあくまで布石に過ぎなかった。そのアニバーサリーの集大成となったのが、セルフカバー・アルバム『NATURAL』である。

FLOWER FLOWERのメンバーと共にリアレンジを施してレコーディングされたという楽曲たちは、原曲を大切にしつつも新しい側面を(時に大胆に)提示し、見事なアップデートを遂げている。

『NATURAL』ジャケット

かつてのデビューシングルは「feel my soul (NATURAL Ver.)」として、ピアノ・アレンジによって非凡な美しさを放つ。代表曲として知られる「CHE.R.RY (NATURAL Ver.)」や「SUMMER SONG (NATURAL Ver.)」は、原曲が持つ多幸感を踏襲しながらも、より煌びやかなベクトルに向かっている。

スペーシーなアレンジが印象的な「Rolling star (NATURAL Ver.)」は、メタリックなサウンドとYUIの透明感溢れるヴォーカルの相性が抜群だ。収録曲の中でもポストロック色が強い「GLORIA (NATURAL Ver.)」では、技巧的なリズム・セクションを存分に堪能できる。

今作最大のハイライトは、やはり「Good-bye days (NATURAL Ver.)」だろうか。バンド・サウンドを軸に、幻想的な電子音と壮大なストリングスが効果的に使用されたアンサンブルは圧巻の一言。そして何より、伸びやかで美しいYUIのヴォーカルは、かつての儚さを帯びたまま、円熟さも兼ね備えた深みのあるものとなっているのだ。

『NATURAL』は単に節目を記念した作品にとどまらない、白眉の出来というべきアルバムなのだが、本作における「再構築」という行為は、もっと別の意味を含んでいる。

『NATURAL』は何を再構築したのか

彼女が「YUI」としての活動を終えたとき、彼女自身の「青春」も終わったのか?--おそらく、それは違う。むしろ、FLOWER FLOWERという自由なフィールドの中で、のびのびと「青春」を謳歌してきたのではないだろうか。

かつての名義を用いて自身の楽曲を再構築するという点について、改めて思いを巡らせてみる。

当時のYUIは、等身大の言葉を歌にしながらも、徐々に自然体ではいられない局面が増えていったように推察する。理想と現実の乖離に悩まされ、一時的に活動を休止する必要もあった。そして、最終的には「YUI」として背負ったものを置いていく決断に至る。

あれから8年以上の時を経て届けられた『NATURAL』。それぞれの楽曲を、本来持っている核の部分に迫りつつも異なる側面を示すものとして再構築したことで、この作品は原曲を初めて聴いた瞬間と同等の、あるいはそれ以上の新鮮な感動をもたらす。これは、新たな価値の創造に他ならない。

そして、これまでに培ってきた技術や磨きをかけた感覚を集結させながら、逆説的に自然体の境地に到達したという意味において、『NATURAL』はYUIのアーティストとしての記念碑的な作品ともいえるだろう。オリジナルを凌駕するほどの気迫を内包しながらも、ここまでナチュラルなセルフカバー作品が、他にあるだろうか--それはFLOWER FLOWERで彼女が積み上げてきた全ての事象の正しさ、あるいは気高さを、何よりも証明するものでもあるのだ。

それに、リスナーとしてYUIの楽曲に何度も勇気づけられた身としても、こうして当時の名曲たちを彼女自身が(ある意味で)肯定してくれたことは、とても大きな意味を持つ。今でも青春を引きずりながら生きている筆者も、これで少しは報われるのではないかと思う。

“できれば 悲しい 想いなんてしたくない
でもやってくるでしょ?
そのとき 笑顔で Yeah hello!! My friend なんてさ
言えたならいいのに…”
--「Good-bye days」

負の感情は、いつの時代も付きまとう。いや、むしろ生きれば生きるほど、それは足枷となり、体力を奪う。でも、今のYUIがそう言ってくれるのなら、足取りも少しは軽くなる気がするのだ。

ファンの端くれとして、ありがとう、と心から言いたい。

あとがき

「SUMMER SONG (NATURAL Ver.)」のラストには、こんな一節が加筆されている。

“君を好きになれて良かった
君に出会えたことが奇跡なんだ ”
--「SUMMER SONG (NATURAL Ver.)」

この何気ないフレーズは、楽曲のストーリーを完結させるためだけのものではない。YUIとして、一人ひとりのリスナーに投げかけられた、愛そのものなのだ。

#YUI_NATURAL

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對馬拓

Taku Tsushima/92年、札幌生まれ。『musit』編集/執筆、『ヨムキクノム』スタッフ/バイヤー。個人ではシューゲイザーに特化したメディア&プラットフォーム『Sleep like a pillow』主宰。イベント企画やZINE制作、“知識あるサケ”名義でDJなど。

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Taku Tsushima/92年、札幌生まれ。『musit』編集/執筆、『ヨムキクノム』スタッフ/バイヤー。個人ではシューゲイザーに特化したメディア&プラットフォーム『Sleep like a pillow』主宰。イベント企画やZINE制作、“知識あるサケ”名義でDJなど。

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