初っ端から告白させていただきますが、筆者はK-POPをほとんど聴いてこなかった。TWICEも、ITZYも、BLACKPINKも、LE SSERAFIMも、僕のSpotifyリストには入っていない。そもそもガールズ・グループにあまり興味がなかったこともあるが、味付けの濃いエレクトロニック・ダンス・ミュージックが、全然耳に馴染まなかったのである。
しかしながら、NewJeansの衝撃は凄かった。映画・音楽ジャーナリストの宇野維正氏が猛プッシュしていたこともあり、2022年にリリースされたデビューEP『New Jeans』をなんの気もなく聴いてみたところ、全身に稲妻が走った。ハウス・ミュージックのフレーバーをほのかに感じさせる、精緻なサウンド・プロダクション。飛び跳ねるような2ステップのリズム。そこに、ミンジ、ハニ、ダニエル、ヘリン、ヘインのグルーヴィーな歌声が重なる。特に冒頭を飾るトラック「Attention」には完全にヤラれてしまい、それこそサルのように聴きまくったものである。
INDEX
Y2Kファッションといい、ボルチモア・ブレイクスのニュアンスといい、NewJeansは明らかにゼロ年代を参照している。年齢層高めの音楽ファンを惹きつけた理由は、おそらくそこにある。
ボルチモア・ブレイクスを代表するアンセムであるRod Lee「Dance My Pain Away」
だが5人の少女たちは、ノスタルジーをノスタルジーのままリサイクルしない。Z世代のリアルをしなやかに表現しつつ、韓国青春映画の傑作『子猫をお願い』(2001)的な、もしくは叙情性と感傷性に彩られた岩井俊二映画的な“ゼロ年代記憶”を、ニュー・ノスタルジックとして召喚する(『子猫をお願い』に主演したペ・ドゥナがNewJeansで踊っている動画が、Instagramにアップされているのは非常に象徴的だ)。その新しさ=懐かしさに、コアなミュージック・リスナーの心が鷲掴みにされてしまったのだ。
そして、今年7月21日にリリースされた彼女たちの2nd EP『Get Up』。言うまでもないが、これもまた期待に違わぬ傑作である。ほとんどが2分台というショート・チューンが、全6曲。トータルは12分16秒というコンパクトさ。そこに、スペーシーでファンクな小宇宙が広がっている。
MVで『パワーパフガールズ』とコラボしたM1「NewJeans」もキュートだが、続くM2「Super Shy」は、前につんのめっていくかのような高速ブレイク・ビーツを、浮遊感のあるシンセが受け止めるという、NewJeansの音楽的シグネチャーが示された1曲。クラブ仕様でありつつ、どこかベッドルーム・ポップ的な、清涼感のある音像なのだ。
ベッドルーム・ポップ感覚のあるブレイク・ビーツと言えば、PinkPantheressの名前が思い浮かぶ。彼女もまた、新時代のUKガラージを復権させようとしている、Z世代アーティストの一人。彼女のデビュー・ミックステープ『to hell with it』(2021)を聴けば、前のめりなマッシヴ・ビートがヘッドフォンを満たすにも関わらず、手触りはどこまでも密室的で内省的であることに気付くだろう。
2ステップの激しいビートで幕を開ける「Super Shy」は、明らかにPinkPantheressに代表されるUKガラージ・リバイバル勢と共振している。そして〈I’m super shy(私はとても恥ずかしがり屋)〉だけど、〈I make you mine(私はあなたをモノにしてみせる)〉というリリックは、ガーリーなアオハル・デイズを端正に紡ぎ出す。それは、カーリー・レイ・ジェプセンがあけっぴろげに歌い上げたティーンエイジ・ラヴとは根本的に異なるものだ。
M4「Cool With You」もイイ。UKガラージをベースにした、どこか物憂げでアダルト・オリエンテッドなトラック。何と言っても、サイドAとサイドBの二部構成になっているMVが最高of最高だ。ギリシア神話の「プシュケとエロス」を下敷きにした、「人間に恋をしてしまった天使を、NewJeansの5人が守護天使として見守る」というストーリー。もはや、映画『ベルリン・天使の詩』(1987)的な世界である。『イカゲーム』でブレイクしたチョン・ホヨン、香港映画のレジェンドであるトニー・レオンも出演。デビュー僅か1年にして、NewJeansが音楽シーンの中心に躍り出たことの証明だろう。
そして、ラストを飾るM6「ASAP」。これが個人的にはベスト・トラックだ。四つ打ちのリズムが彼女たちの〈tik-tok, tik-tok, tik-tok, tik, tik〉というヴォーカル・チョップに置換され、キラキラしたシンセがこの上ない多幸感を招き寄せる。なんだ、このスウィートネスは! 脳内で呪文のように〈tik-tok〉が無限リフレインしてしまう、キュートすぎるユーロ・ポップである。
EP全体を通じて感じるのは、アッパーでパワフルというよりは、シルキーでクールなサウンド・プロダクション。おそらく、楽曲制作に参加しているエリカ・ド・カシエール(Erika de Casier)の影響が非常に大きいのだろう。ジャネット・ジャクソンに影響されたという彼女の音楽は、Jam & Lewis的なエレクトロR&B(つまり90年代的なファンク)を参照している。Y2Kリバイバル・カルチャーを照射するNewJeansとは、ナイスすぎる組み合わせなのだ。彼女が2021年にリリースしたアルバム『Sensational』は、NewJeansラヴァーなら大満足の1枚なので、興味のある方はぜひ一聴してみてほしい。
NewJeansは『SUMMER SONIC 2023』の東京公演に出演。そのパフォーマンスで、炎天下のZOZOマリンスタジアムを熱狂の渦に巻き込んだ。もはや彼女たちの音楽は、K-POPファンのみならず、ライトな音楽ファンからコアなマニアまであらゆる層を虜にしている。ニュー・ノスタルジックの熱は、まだまだ冷めやることを知らない。
NewJeans『Get Up』
仕様:Digital / CD
レーベル:ADOR
リリース日:2023/07/21
トラックリスト:
1. New Jeans
2. Super Shy
3. ETA
4. Cool With You
5. Get Up
6. ASAP
スマートリンク:
https://songwhip.com/newjeans/newjeans-2nd-ep-get-up