Aphex Twin(エイフェックス・ツイン)──彼の本名はRichard David James。90年代に登場し、最も活躍したテクノ・ミュージシャンの1人であり、「テクノ・モーツァルト」の異名を持つ。
テクノといえばデトロイト、もしくはヨーロッパ勢とで歴史と好みは二極化されるのではないかと感じる。ヨーロッパ勢、中でもUKは特異な存在であり、現在もシーンの中心を走り続けている。そんなUKの90年代のテクノ・シーンに突如現れた新星がAphex Twinだ。
個人的な話で恐縮だが、筆者は思春期真っ盛りの頃にAphex Twinという彼の音楽とキャラクターに心を奪われ、これまで100枚を超えるCDやレコードをコレクションしてきた熱狂的なファンである……。学生の頃のアルバイト代は、ほぼ全て彼に捧げたほどだ。本稿では、そんな筆者が改めてAphex TwinもといRichard David Jamesについて語ってみようと思う。
Sire / PRO-CD-6878『Words&Music』──筆者コレクションよりSireプロモ盤。関係者に配布されたようだが国内では確認できたことがないレベルのレア盤。海外より個人輸入で2枚購入。ジャケットは元々ないので1枚は裏にしてみた。
『Windowlicker』──コレクターすぎて同じ盤の全てのバージョンをコレクション。写真はCD / プロモCD / 未開封LP / VHS
Aphex Twinは1991年から様々な作品を発表してきた。レーベルは名門Warp、R&S、そしてリチャード自身が設立したRephlexなど。さらに、筆者が確認しているものだけでも少なくとも10を超える別名義が存在する。
非常に多作な音楽家であり、1997年1月号の『Sound&Recording Magazine』内の『Richard D. James Album』インタビューでは、「少なくとも200曲を超える作品の中から選曲した」と語っている。
筆者所蔵より。インタビューの載った雑誌もコレクションしている。
SoundCloudのリチャードと思われるアカウント「user18081971」にも400曲弱の未発表デモ音源が密かにアップされていたのが記憶に新しい。アカウント名は一見ランダムな数列の様だが、彼は1971年8月18日生まれであることに由来しているであろう(現在は殆どの曲が削除されてしまった)。しかし、なぜこのアカウントが発見されたのか未だに謎なのだ。恐らくだが「自作自演」ではないかと予想している……。
powerpillという92年の変名。パックマンのBGMをリミックスした内容。
Bradley Strider『Bradley’s Beat』──Rephlexの記念すべき1枚目のレコード。これも変名。
The Tuss『Confederation Trough EP』──変名。
さて、音楽性はさることながら、なぜ彼はここまで魅力を持っているのか。
どこまでが戦略なのか分からないほどに完璧なブランディングとキャラクターに楽曲。『Syro』(2014)が13年のブランクを経てリリースされたときも長い沈黙が戦略だったのではと錯覚させられた事を憶えている。そしてこの見事な復活劇により、グラミー賞を受賞する。彼は授賞式に出席しなかったが、それもまたリチャードらしくて笑えた。
そして、不快感すら与える挑発的で偽悪的なアートワーク。まず、彼のことを知っている方は、デザイナーのNumber 3(Paul Nicholson)が作ったあの最高にクールなロゴの『Selected Ambient Works 85-92』(1992)、もしくは不敵な笑顔の男のジャケット『Richard D. James Album』(1996)を思い浮かべるであろう。(余談だが、攻殻機動隊の「笑い男」のデザインもNumber 3!)
鬼才Chris Cunninghamとのコラボレーションしたミュージック・ビデオも「Come to daddy」(1997)、「Windowlicker」(1999)、「Rubber Johnny」(2005)など、どれも強烈なヴィジュアルでナンセンスにも程がある。
高速ドラムンベースに攻撃的/暴力的なサウンドの楽曲たちは言及するまでもないが、突然プリペアド・ピアノやオルガンでエリック・サティを彷彿とさせる美しいピアノ・ソロ曲が挿入されたり……もはやなんでもアリである。彼のハードコアなテクノを好まない人々でも代表曲「Avril 14th」を聴けば、誰もが「キレイでセンチメンタルでノスタルジックだなあ……」と思ってくれるはず。ちなみにリチャードはコンピューターの次にピアノが好きらしい。個人的には『Computer Controlled Acoustic Instruments Pt2』(2015)のM4「piano un1 arpej」がサイコーだ。
筆者としては、Aphex Twinの音楽をこれから聴きたい方にはアルバムではなくEP群をオススメしたい。特に『Girl/Boy EP』(1996)、『Come to Daddy』(1997)、『Windowlicer』(1999)など90年代後半のEPを聴いてほしい。なぜなら90年代のAphex Twinのアルバムは、数百曲のから選曲して制作されているため、ある意味「いい曲の寄せ集め」のようなものであり、少し毛色にバラつきを感じるものもあるのだ(あくまでも筆者の感想であり、どのアルバムも素晴らしいという前提ではあるが)。対してEPは短く聴きやすくまとまりがあるので、テクノ初心者にはまずそこからイメージを掴んでほしい。
そんな彼が1992年のアルバム『Digeridoo』の新バージョン(Expanded Edition)を2024年5月31日にリリースした。ゴア・トランスという激しいダンス・ミュージックであり、彼の才能を世に知らしめたマスターピース的作品。1992年の時点で既にこんなにも完成度の高い楽曲を制作していたんだな、と昔は思っていた。しかしある時、何の気なしに持っていた『Classics』(1995)を聴きながら曲目を眺めていると、最後に「Digeridoo-live in Cornwall,1990」と書かれていることに気付いた。1990年にはライブでこの曲をプレイしていたのかと考えると、もはや畏敬の念どころではない。彼は最初から別次元の存在だったのだ。
Aphex Twin以降のテクノ・ミュージシャンで彼に影響を受けていないアーティストは存在しないだろう。彼は2001年のアルバム『Drukqs』以降、しばらく活動的でなかったのだが、そのタイミングで同じレーベルのWarpよりClarkが登場する。彼はAphex Twinという天才なき時代にファンたちの心を奪ったと当時のシーンを追っていた知人に話を聞いたことがあるが、Clarkの『Clarence Park』(2001)を聴けば分かる通り彼もまたAphex Twinフォロワーの1人である。
また、現在のテクノ・シーンにはEPROMというアーティストがいる。2023年6月9日に『Syntheism』というアルバムをリリースしたばかりの彼は、現在最も新しいサウンドを持ったテクノ・ミュージシャンの1人であろう。M3「Untitled Emotional Acid」、M12「Trunk Acid」を聴いた時は、あまりのクオリティの高さに久々にいいものに出会えたと小躍りしてしまった。
G Jonesとの共作『AIKON』(2019)のM2「Daemon Veil」ではダブステップの進化系のような激しいドロップがあり、とにかく音が攻撃的でかっこいい。『Acid Disk2』(2022)のM5「Flex Acid」では爆裂アシッドラッシュを繰り広げ、テクノ・クラシックを踏襲した現行の最先端テクノ体験をすることができる。彼もまたAphex Twinの得意とする複雑なリズム・パターンやアシッド・サウンドを現代的に変化させた、直系のフォロワー的存在であるともいえるのだ。
以前ディスクレビューを執筆したGargoyleや、ネットを中心に流行しているMachine Girlなどの現行テクノ・シーンでも、Aphex Twinの影響は計り知れない。IDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)特有の、実験的かつ予測不能なサウンドとビート、攻撃性や奇抜さは、Aphex Twinによって形作られたジャンルと言っても過言ではないのだ。筆者の感覚では、もはやAphex Twin抜きに現行テクノを語ることはできないと断言できる。いわばテクノの神的存在である。
そんなAphex Twinにまつわるイベント、その名も「エイフェックス・ツイン王決定戦」なるクイズ大会が2024年10月3日、タワーレコード渋谷店でBEATINK主催にて行われた。30周年を迎えた『Selected Ambient Works Volume II』のExpanded Editionのリリースを記念したイベントで、当日は50人近い参加者が集まり、ライブ配信も行われ、X(旧Twitter)でもトレンドに乗るほどの盛況ぶりだった。
筆者も出場していたが優勝には届かず、惜しくも3位という結果に終わった。問題はWarpが直々に監修したとのことで、海外の記事までくまなく調べていたつもりの筆者でも頭を抱えるほどの難問が出されていた。しかし、Aphex Twinがどれだけカルト的な人気を持つアーティストなのかを、当時のシーンを知らない20代の筆者でも肌身で感じることができた素晴らしいイベントだった。
エイフェックスツイン王決定戦、決勝戦後で惜しくも敗退しました。クリスカニンガムのuを忘れた事、マイクラ落札額を勘違いしてて間違えたのがなかったら、ワンチャンあったかなーと悔しいですけど、とても楽しかったです!!ありがとうAphex Twin, Warp, Beatink!!
#エイフェックスツイン王 pic.twitter.com/ISooujA4lc
— サム (@thmb237v7) October 3, 2024
さて、最後に余談ではあるが、個人的に語りたい1枚を紹介する。
Rephlexに『Steinvord』(型番:CAT 212 EP)という「謎のアーティストのアルバム」が存在する。このアルバムは2012年2月13日にリリースされているが、12年経った今でも謎に包まれており、海外掲示板などで多くの議論がされてきた。生産枚数はおそらくかなり少なく、もちろんストリーミングにも音源はない。
筆者コレクションより。ターンテーブルのカバーにもAphex Twinのステッカーを貼ってカスタム。
音楽マニアの方々は「Discogs」というサイトをご存じだろう。「確定されている」情報はほぼ全て掲載されているデータベース・サイトだ。試しに「Aphex Twin」と検索してみてほしい。彼の多くの別名義やアルバムが掲載されていたことだろう。
なぜ、筆者がこの謎に包まれた1枚に言及したか。理由がある。おそらく、これまでに公開されたほぼ全てのリチャードの音源を聴いてきた。大学生の頃に1万円で海外から取り寄せたこの『Steinvord』のレコードは現在10万円近い価格で取引されているが、レコードがすり減るほど聴いてきた筆者は確信をもって言えることがある。
「このレコードからはAphex TwinとSquarepusherの音がする。」
しかし、これまた謎であった『The Tuss』(2017)すらもシレっと自分のホームページでネタバラシしたリチャードであるので、筆者の意見を鵜呑みにしてはいけない。
私には夢がある。Rephlexの設立者であるリチャードがこのアルバムについて何の情報も持っていないはずがないので、リチャードにインタビューがしたいのだ。
「Thank you for your attention. bye!!」(ご清聴ありがとうございました。サヨウナラ!!)
──2001年作「Drukqs」終盤28曲目 「Ziggomatic 17」より