住み慣れた街を離れる時の寂寞感や郷愁を歌にした楽曲。それは私たちが見慣れた故郷、馴染みのある土地への改めての慕情を思い起こさせる。過去の自分との対話であったり、「既視・既知」であるものへの再発見であったりをもたらす音楽は、単に人を癒やすものとして存在しているわけではないことに気付くだろう。
今回はそんな「愛した街を離れる／いつか離れる時を思う者が歌う音楽」に焦点を当て、アーティストそれぞれがどのように街と向き合い、感情を綴っているかを歌詞の面から紐解いていきたい。
まずは、2013年からロックバンド・FLOWER FLOWERのフロントマンを務めるyuiが、シンガーソングライター名義（YUI）時代にリリースしたメジャー4作目となるシングル「TOKYO」について綴りたい。
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<blockquote>〈住みなれた この部屋を 出てゆく日が来た 
新しい旅だちに まだ戸惑ってる〉</blockquote>
早朝、朝日にたなびく雲のように伸びやかに奏でられるギターのイントロから始まり、旅立ちへの想いをストレートな言葉で語るこの曲は、YUIというアーティストがどんな人物で、どんな略歴があり、どんな風に東京という街と接してきたかを知っている人には非常に近接的に感じるだろう。
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あぐらをかきながらギターを抱え路上ライブを行うという、自身のシンガーソングライターとしての原点的なスタイルを確立させたのち、東京と福岡の往復を続けていた彼女がメジャー・デビュー前に上京を決めたときの高揚感は、この「TOKYO」という曲で語られる街との別れとシンメトリーの位置にある感情だ。まだ大人になっていない彼女の瞳に映った東京をリスナーの視点にスライドさせ、感情を共振させていく。これから拓いていくであろう自分自身の人生と、東京という街が持つ可能性に、若干18歳の少女の心は高鳴っていた。そんな想いを「街との離別」という形で語り、同時にえもいわれぬ等身大の郷愁を呼び起こさせる本作は、真の意味でyui／YUIというアーティストの真骨頂を表す曲ではないだろうか。
<blockquote>〈窓の外に続いてる この町は 
変わらないでと願った〉</blockquote>
「TOKYO」を歌う彼女が、私には18歳の少女に見えた。それほどにこの曲は彼女の根底にある姿を彷彿とさせる、いつまでも少女の頃の純粋さを失わないイメージを確立させた楽曲だと感じる。
次に、同じく女性のシンガーソングライターが歌う曲として挙げたいのが、笹川美和の「見慣れたまち」だ。活動20周年記念としてリリースされたアルバム『続（読み：つづく）』に収録されている曲である。
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<blockquote>〈空の広いまちは 見慣れたまち 
くりかえすこの営み 見慣れたまち 
山を望むまちは 見慣れたまち 
そして川は海へと今日も流る〉</blockquote>
本楽曲で歌われる言葉（歌詞）に通底するのは、「恒常」と「既視」だと考える。変わらぬ街、見慣れた街。歌詞を追いながら曲を聴いていると、まるで毎朝同じ時刻のバスに乗り、同じ光景を眺める1人の乗客になったような感覚に襲われる。そこには代わり映えのない「恒常」と「既視」がある。川の水が等しく海に流れ出るように、つつがなく変化のない毎日が続いていく。
そんな中で、〈あたし〉はふと懐疑する。
<blockquote>〈あたしもいつの日かここを離れ 
なつかしく思い出す日が訪れるのだろうか〉</blockquote>
これは生活の中に生まれた新しい疑問符であり、その懐疑が1日の間のふとした瞬間に流れ込むことで、突然にして温かいぬるま湯のような郷愁が胸に染み込んでくる。このような変化、気付きをさりげなく挟み込むのが、この曲の妙であり見事な部分だと感じる。
また、気付きに至る部分はここだけではない。
<blockquote>〈あなたのしわもいつの間にか増え 
うしろ姿をみては　まだこどもと思い知る〉</blockquote>
〈いつの間にか〉〈思い知る〉という言葉が、「気付き」を強調する。自分が気付かぬところで、確実に時は経っていく。その緩やかな変容、変わっていくものと変わらないもののコントラストを鮮やかに切り取ったワンフレーズといえるだろう。
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先述した「TOKYO」にも通じる共通点といえば、激情を歌っている曲ではないこと、リスナーに語りかけるような穏やかな音楽であること、されどその中に確かな「街」への私小説的な感情を綴っていることだ。「街」を語る時に個人的な感情が呼び起こされる、というのは、<a href="https://musit.net/column/aimyon_ringo_higuchiai" target="_blank" rel="noopener">以前このコラムでも綴った</a>。「個人（私）」を語る口調が訥々と穏やかに聴こえるのは、回顧によって思い起こさせる街の不変性、そこから滲み出てくる‘‘slow（暮らしなどが「ゆっくりとした」）’’を感じるからではないだろうか。
街は人が変わってもそこに在り続ける。例え離れたとしても、物理的な距離が空いたとしても、自分を受け入れてくれる場所として変わらず存在してくれる。だからこそ、私たちは住み慣れた街に特別な愛着を感じるのかもしれない。
個人と街との間には、千差万別の感情が潜んでいる。別れも出会いも、人の数だけ種類がある。改めてこの2曲を聴き、自分が今いる街の変わらぬ光景や道なり、そして夜に灯る部屋の明かりに自分だけの物語を見出し、いつかの、もしくはそう遠くない先に待っている別れに想いを馳せるひとときを過ごしてみたい。

ポストパンクを主に聴いています。毎年苗場で音楽と共に焼死。クラフトビール好きが興じてブルワリー取材を行うこともしばしば。なんでもご用命ください。

星野

変わらぬ朝、見慣れた故郷──「街との離別」を歌う曲

日芸卒フリーライター。「生きづらさと愛を書く」をモットーに音楽、映画、マンガなどの分野で執筆活動中。主な掲載先はrockin’on、リアルサウンドなど。

安藤エヌ

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変わらぬ朝、見慣れた故郷──「街との離別」を歌う曲

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