私を構成する9枚【仲川ドイツ編】

私を構成する9枚【仲川ドイツ編】

#私を構成する9枚--その文言通り自身の音楽遍歴を語る上では決して切り離せない音楽作品を9枚選び、ジャケットを3×3の正方形に並べた画像をSNSでシェアするハッシュタグ。音楽好きのSNSユーザーであれば一度や二度は目にしたことがあるはずだ。

日付を指定して過去のツイートを検索すると、2015年11月から12月にかけてTwitter上で流行したのがきっかけで定着したらしい。発祥時期は不明だが元はInstagramで使われていたタグのようだ(3×3の画像が正方形ということを踏まえれば納得できる)。9枚という制約が絶妙で難しく、選定の際に唸ってしまうリスナーも多いだろう。

しかし、その悩む過程こそが自身の原点に立ち返らせ、“音楽は個人史である”という側面を浮かび上がらせるのだ。そこで、musitでは書き手自身を掘り下げるべく個人の音楽的嗜好に迫る企画としてこのハッシュタグを用いてみることにした。弊メディアのライターたちがどのような遍歴を辿ってきたのか覗いてみてほしい。

今回は、バンドや酒屋の経験など多彩な顔を持つ古物収集家、仲川ドイツの9枚を紹介。

①SOPHIA『Little Circus』(1997)

1997年発売の1stフル・アルバム。喜怒哀楽や様々な人生の場面を描いた曲を一枚に詰め込んだ、まさにサーカス小屋のような作品。恋愛や人間関係に悩む中学2年の少年には、ナイーヴな心象風景をストレートに描く松岡充の歌詞が胸に刺さりまくった。また、ポップだけどひねくれた音楽性はそれまで聴いてきた日本のバンドと明らかに異なっており、曲を細部まで聴く楽しさを教えてくれた。特に『Chicken Heart』の<わかりやすいメロディ+ノイズまみれのギター×速い=カッコイイ>の構図は、細胞に深く刻まれている。

時は流れ未来世紀。『仮面ライダードライブ』の主題歌や、『極上!三ツ星キャンプ』で古民家改装に悪戦苦闘する松岡充の姿を我が子と一緒に楽しむ日が来るとは、あの頃は全く想像もしなかった。

②goatbed『テクニコントラストロン 02』(2004)

専門学校を卒業した頃、「一緒に観る予定だった人が行けなくなった」と友達からライヴ当日に誘われて知った彼ら。スタイリッシュで疾走感があり、当時の<ニューウェイヴ=ちょいダサく再現>というリバイバルの方程式を打ち破る楽曲に一発でハマった。それまでほぼバンド経験がなかった自分にシンセサイザーとビートボックスを買わせるには十分すぎるインパクトだった。

『テクニコントラストロン 02』はそのしばらく後に出た3枚目のアルバム。対となる『テクニコントラストロン 01』は明るくポップな印象だが、こちらはダークで硬質なエレポップ/ポストパンク。特にワイヤーの『Two People In a Room』をカヴァーした『ひとつの部屋ふたりの人物』の大胆な再構築は感動的に素晴らしい出来なので、全ポストパンク・ファンに聴いてほしい。

③坂本龍一『B-2 UNIT』(1980)

シンセサイザーを買ったものの、音作りの理論が分からず悶々としていた頃に出会ったのがこのアルバム。BUCK-TICKの今井寿など、好きなミュージシャンたちが“影響を受けた作品”として挙げていたのが聴くきっかけだった。通勤や仕事の休憩中に、このアルバムとYMOの『Technodelic』を延々と聴いて「この曲のこの箇所」とメモを取り、帰宅したら自分のシンセサイザーを使って、その音を再現することの繰り返しで地道に音作りを覚えていった。

このアルバムと同じ頃、坂本龍一がプロデュースしたPhewのシングル『終曲』を自分のバンドでカバーしたのも良い思い出。坂本龍一もPhewも現役で活動し、今なお私に刺激を与えてくれる大切な存在である。

④Flying Lotus『Los Angeles』(2008)

知人に誘われるまま、打ち込み担当としてポジティブパンク〜ドリームポップ・バンドに加入。しかし、元来の愛想のなさも相まって友達ができずにいた私。そんな頃にレンタルショップで手に取ったこのCDからは、シンセサイザーの音作りに坂本龍一の影響を感じられた。しかも私と同い歳ということで、遠いロサンゼルスに住む彼に勝手ながらシンパシーを抱いて勇気づけられもした。

コルトレーン一族ということでフュージョン的アプローチの曲も多い本作だが、私はどちらかといえば『Brainfeeder』や『Beginners Falafel』などゲーム・ミュージックの質感を持った曲の方が好みである。

⑤死んだ僕の彼女『underdrawing for three forms of unhappiness at the state of existence』(2012)

バンドの友達はあまりいなかったけれど、違う界隈だった彼らと知り合えたことは幸運だったと思う。未だにそれぞれのメンバーと色々なところで会うし、他愛もないことで連絡を取ったりする。死んだ僕の彼女は多作なバンドではないものの、並行して『死んだ僕の石川』や『LAURA PALMER’S』などでも精力的に活動を続けるishikawaさんは、尊敬する兄貴的存在。

これまでリリースした中で好きな曲をひとつ選ぶなら、スタジオに遊びに行ったときに流れでコーラスに参加したこの作品。『skyscraper kills my ghost in your memory.』の後ろで野太い声出してます。

⑥múm『Sing Along To Songs You Don’t Know』(2009)

彼らの個人的ベストは躍動感溢れるこちらのアルバム。ビョーク〜シガー・ロスから続くアイスランドの伝統というべき耽美さを脱ぎ捨てたサウンドは、春から初夏へ向かう若葉の季節のようにキラキラしており、ダーク・ミュージックを作っていた当時の私にはとても新鮮に感じた。

2011年のTAICOCLUBでのライブは名演だった。楽器をかわるがわる持ち替えたり、音の出る玩具で演奏してみたりと、自由に歌い踊る彼らはさながら森の妖精が憑依したシャーマン。森と一体化する映像の演出と、深夜の息が白くなるほどの寒さも相まって、まるで違う世界に迷い込んだように感じられた。翌日の帰宅時に駐車場で遭遇したムームのメンバーたちの泥酔具合と、アイスランド訛りの英語も含めて思い出に残っている。

⑦『MYAHK 宮古 多良間 古謡集』(2009)

和洋問わず、民謡が好きなのである。沖縄民謡というと明るくて踊れるような曲が多いけれど、宮古島では古来から奴隷制度(人頭税)に翻弄された歴史があったからなのか、このアルバムからはどこか物悲しさが漂っている。目の前で歌っているかのようなソリッドな録音も聴きどころだ。ちなみに、本作を録音したのは久保田麻琴。裸のラリーズや夕焼け楽団などの活動が有名だが、実は日本国内外の民謡や土着の音楽を数多く録音して音源化している。

青臭い表現だが、売上だとか目標達成だとかの社会活動に疲れた夜に、ポップ・ミュージックから離れたピュアでプリミティヴな演奏が聴きたくなることも多いのである。

⑧大野松雄『そこに宇宙の果てを見た』(1978)

音響デザイナー、大野松雄の人生を追った2011年のドキュメンタリー映画『アトムの足音が聞こえる』。公開当時、70歳を超えてなお“誰も聞いたことのない音”を追求し続けるアティチュードや、音響技師として障害者施設の運営に長年携わり音を通じて社会福祉に努める姿など、“音”が持っている可能性を教わった。

このアルバムは、誰も見たことがない“宇宙の果て”を音で表現した1978年の作品。“誰も聴いたことのない音”といっても、結局は地球上にあるもので表現するしかないわけだが、それでも“ここではないどこか”に向かって音を作り続ける彼の姿勢には、ひたすら背筋が伸びる想いである。

⑨DOME『DOME3』(1981)

やはり最後はこの人。以前musitでコラム(WIREだけじゃない -孤高の音楽家 Bruce Gilbertのキャリアを追う-
)を書いたブルース・ギルバートが参加したユニット、DOMEのアルバム。初めて聴いたとき、スッと身体に染み込んでくる感覚があった。何かに似ている--私が生まれ育った島の集落にあった、真言密教から派生した土着の儀式での鐘の乱打だ。

儀式といっても仰々しいものではなく、寄合に似ている。月に1回ほどお地蔵さんや仏壇の前に地域のおばあさんたちが集まって、お経を唱えながら鐘を乱打し、それが終わると持ち寄った茶菓子を食べながら談笑するのだ。そこらのおばあさんなので鐘のリズムもずれるし、お経もうろ覚えで隣の声を聞きながら少し遅れて唱える人もいるのだが、それが心地好いグルーヴを生み出しており、このアルバムを聴くとそんなことを思い出す。

* * *

誰しもがそうではないと思うが、歳を重ねて子供を育てると自分のルーツを確かめたいという想いが強くなる。生まれ育った土地にいて伝統を引き継ぐという方法もあるけれど、既に自分は関東に根を下ろした身。

かつて久保田麻琴が『MYAHK 宮古 多良間 古謡集』を録音したように、私なりのアプローチとして、いつか島に残る伝統芸能・風習を音のアーカイヴとして残したいと思っている。

仲川ドイツ