私を構成する9枚【寄稿/菊沢天太編】

私を構成する9枚【寄稿/菊沢天太編】

#私を構成する9枚--その文言通り自身の音楽遍歴を語る上では決して切り離せない音楽作品を9枚選ぶハッシュタグ。musitでは書き手自身を掘り下げるべく個人の音楽的嗜好に迫る企画としてお送りしている。

アーティストからリスナーに音楽が手渡される。その過程で物語が生まれ、同じ作品でも受け手の数だけドラマがある。そういった「音楽は個人史である」という側面を、より読者の皆様に広く共有し楽しんでいただきたいという思いから、本企画の寄稿を募集。今回はその公募分から掲載する。選出した9枚の中から、特に思い入れの強い3枚について語っていただいた。

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Eminem『Curtain Call: The Hits』(2005)

誰もがグレる。これは私が初めて自分で買ったCDだ。中学生の時だった。友人たちがしきりに「F××k」などの言葉で盛り上がっていた。とにかく言ってはいけない言葉として、タブーに触れて遊んだ。ある日の昼休み、放送委員がいつものようにリクエスト曲を流す。明らかに挑発的な歌。ざわつく教室。そしてサビ前の「F××k you, Debbie!」で、それは最高潮に達した。曲が終わり、リクエストした者が判明する、そこには自分の名前が読み上げられるのだった。最初の反抗は、なかなかに刺激的だった。

自分は全くの不良ではなく、教室の隅でひっそり存在するだけの少年だった。そいつがいきなり放送の時間カマした、という訳だ。後にサッカー部顧問に「よくやったな」と褒められたのを覚えている。

Talking Heads『Naked』(1988)

これは母のコレクションを息子が受け継ぐという、CDあるあるによって授かったアルバムだ。なんてったって今まで聴いたことのないビート、リズムに、とにかく心躍った。またヴォーカルのデヴィッド・バーンの素っ頓狂さがツボに刺さる刺さる。で、後々彼らのMVを見ると、彼は動きも素っ頓狂なのだと気がつく。

高校生の頃、このアルバムをスマホに入れて学内で聴くイタさを存分に発揮していた。トーキング・ヘッズのアルバムあるあるなのか、後半は失速していき暗いムードになっていく。本作の最後の曲「Cool Water」のえも言われぬ暗さ。音楽のダークサイドに触れることになるキッカケであり、いつしかそうした暗い曲を漁る、病んだ高校時代を送るのだった。

暗黒大陸じゃがたら『南蛮渡来』(1982)

‘‘あんた気にくわない’’で始まるこのアルバムは、かつてエミネムで味わった「F××k」の再来だった。そして頭を殴られるかのようにバーッと音楽が流れてきて、陽気なコーラスと江戸アケミの喝と挑発のオンパレードにやられるのだ。

思い返せば、従順さを教え込まれすぎて引っ込み思案だった自分を解放してくれたのは、激しいビートを伴うパンクス精神だった。そのビートやリズムは、心臓が同じ感覚で鼓動するのを促すかのようで、生物学的にも心地良いものだと、自分は勝手に考えている。この『南蛮渡来』はまさに、文明社会に《じゃがたら》という名の未開の地を提示するアルバムだった。だからこそ、ジャケットの猿と江戸アケミは同化しているのだ(そういえば『Naked』のジャケットも猿だった)。

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◯執筆=菊沢天太
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musit編集部