私を構成する9枚【寄稿/鴉鷺編】

私を構成する9枚【寄稿/鴉鷺編】

#私を構成する9枚--その文言通り自身の音楽遍歴を語る上では決して切り離せない音楽作品を9枚選ぶハッシュタグ。musitでは書き手自身を掘り下げるべく個人の音楽的嗜好に迫る企画としてお送りしている。

アーティストからリスナーに音楽が手渡される。その過程で物語が生まれ、同じ作品でも受け手の数だけドラマがある。そういった「音楽は個人史である」という側面を、より読者の皆様に広く共有し楽しんでいただきたいという思いから、本企画の寄稿を募集。今回はその公募分から掲載する。選出した9枚の中から、特に思い入れの強い3枚について語っていただいた。

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My Bloody Valentine『Loveless』(1991)

音楽を聴き始めて間もない小学生の頃、友人数名の熱心なレコメンドで手に取ったのが運の尽きだった。それまで聴いていた70年代のロック/フォークとは明らかに趣の異なる装丁に期待が高まったのを覚えている。そして「Only Shallow」のイントロの轟音に心を奪われ、「To Here Know When」の耽美かつアンビエント・ドローン的なノイズに陶酔し、「When You Sleep」というシューゲイザー史に残るポップソングに進んだ頃には完全に魅了されていた。これがシューゲイザーとの初めての遭遇だった。

その後もスロウダイヴ、チャプターハウス、ライドなど周辺を聴き進め、1人のシューゲイズ・ギークが誕生するのにさほど時間はかからなかった。それもこの作品の完成度と魅力による所が大きい。

Nico『Desert Shore』(1970)

『Loveless』と同じく小学生の頃、叔父が置いていったレコードに手を伸ばす中で本作と遭遇した。「Janitor of Lunacy」を聴き、何かを掻きむしるような違和感、しかし決して不快ではない感覚と、全く未聴の音楽に対する当惑を感じたのを覚えている。それは初めて触れるゴシックの精神や美意識に対する感覚だった。その後、デヴィッド・リンチの映画やボードレールの詩、象徴主義の絵画に触れる中でゴシック・カルチャーへの偏愛が芽生える始点として、確実にこの作品がある。

ニコの存在は女性ヴォーカル史の特異点であり、後のゴシック・ミュージックにその精神や歌唱法が継承され、その系譜を辿る中で本作の存在は絶対に無視できない。ゴシック・ミュージック、延いてはゴシック・カルチャー史上の偉大なマスターピースなのだ。

Alcest『Écailles De Lune』(2010)

2007年に1stアルバムを聴いて、マイブラやニコとの遭遇以来の衝撃を受け、期待と共に受け取った待望の作品として強く印象に残っている。1stのユートピア志向が薄れ「ある人魚の死」というコンセプトを持つこのアルバムは、彼らの作品の中で最もブラックメタルに接近している。事実、本作の体験が当時一部の界隈で流行していたXasthurやMalveryのようなデプレッシヴ・ブラックメタルを聴くきっかけになり、それ以前のEmperorやDarkthroneといったオールドスクールのバンドに触れることにもなった。

リスニングの幅を広げ、価値観や審美眼のアップデートを迫る力を持った作品であり、ブラックゲイズ史という観点から見ても歴史に残る名盤。リアルタイムで聴けたのは幸運と言う他ない。

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◯執筆=鴉鷺
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執筆メディア:Sleep like a pillow

musit編集部