私を構成する9枚【寄稿/mare編】

私を構成する9枚【寄稿/mare編】

#私を構成する9枚--その文言通り自身の音楽遍歴を語る上では決して切り離せない音楽作品を9枚選ぶハッシュタグ。musitでは書き手自身を掘り下げるべく個人の音楽的嗜好に迫る企画としてお送りしている。

アーティストからリスナーに音楽が手渡される。その過程で物語が生まれ、同じ作品でも受け手の数だけドラマがある。そういった「音楽は個人史である」という側面を、より読者の皆様に広く共有し楽しんでいただきたいという思いから、本企画の寄稿を募集。今回はその公募分から掲載する。選出した9枚の中から、特に思い入れの強い3枚について語っていただいた。

* * *

My Bloody Valentine『Loveless』(1991)

オルタナという言葉に多感な高校生の頃に僕はマイブラと出会った。耳の隙間を覆い尽くすギターの洪水にいとも容易く呑まれる。本来騒音としてのレッテルを貼られるノイズが、絶え間なく皮膚感覚を支配する得難い快楽に変わっていく。革新的で挑発的で楽器本来のバランスとしての在り方さえ破綻しているように思えるその音像は、とろけるように甘美に調律された桃源郷の創造でもあり、雲の切れ間から確かな光を投げかけるようにまた1つ知らない景色を教えてくれた。20年間、化石のように沈黙した彼らにすっかり陶酔した僕は、この時まだその翌年に彼らが新譜を掲げて帰還することを知らない。そして4年後、ソニマニで彼らの音を浴びて魂が浄化される瞬間に立ち会うことも。

Boards of Canada『The Campfire Headphase』(2005)

大袈裟に聞こえるかもしれないが、彼らの音楽はこの世で最も美しい音楽の1つだと思う。高校を卒業する間際、春の訪れと重なるようにこのアルバムと巡り会った。揺らぎのアンビエント、確かな現実感覚をもたらすエレクトロ・サウンド。天国ってこんな景色なのかもしれない、子宮に還ったような、無垢で柔らかなオレンジの光に包まれ、すべての時は緩やかに、今立っている場所から秩序だけが切り取られ、朧げに辺りが瓦解していく感覚。音のせせらぎから想起する温かいイメージは、無限にシャボン玉のように浮かび上がってくる。蒼く、淡く、幼い頃に置いてきてしまった記憶の原風景がそこに広がって見える。非現実的で揺蕩う水面のように芒洋とした彼らの音の調べに、意味をなすもの全てよ、さようならという感覚にすら陥る。

Ricardo Villalobos『Alcachofa』(2003)

<踊る>というワードから最も僕の感覚に近いのは4つ打ちのキックである。毎秒やってくる予定調和されたリズムで鼓膜のバスドラを打ち、ハートビートと同調していく瞬間瞬間がたまらなく気持ち良い。大学生になりDJを始めた僕はハウスに傾倒し、その原始的なリズムの虜になっていた。4つ打ちのリズムを日々ディグり続けるうちに、気付けばミニマルテクノという言葉を知り、ヴィラロボスに出会った。展開を足していきトリップ感を高めていくものがハウスなら、最小限の展開を持続し永遠に終わらない興奮の坩堝を生み出すのがミニマルテクノだ。引きの美学から鳴らされる彼のビートは至高のダンス・ミュージックとして僕の脳内フロアを沸かせる。

* * *

◯執筆=mare
Twitter:@m_i_n_m_a_l
Instagram:@mareyazaki
SoundCloud:Un Crime

musit編集部