私を構成する9枚【寄稿/strawberrytalt編】

私を構成する9枚【寄稿/strawberrytalt編】

#私を構成する9枚--その文言通り自身の音楽遍歴を語る上では決して切り離せない音楽作品を9枚選ぶハッシュタグ。musitでは書き手自身を掘り下げるべく個人の音楽的嗜好に迫る企画としてお送りしている。

アーティストからリスナーに音楽が手渡される。その過程で物語が生まれ、同じ作品でも受け手の数だけドラマがある。そういった「音楽は個人史である」という側面を、より読者の皆様に広く共有し楽しんでいただきたいという思いから、本企画の寄稿を募集。今回はその公募分から掲載する。選出した9枚の中から、特に思い入れの強い3枚について語っていただいた。

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C.O.S.A.『Girl Queen』(2017)

ヒップホップが僕に決定的な感動を与えずにいた過去の8年を塗り替えるように、上京して1年目の夏、C.O.S.A.に出会った。終始ストーリーテリングで紡がれる6曲。粗野で、それでいて繊細で温かみのある彼の人間性が、その筆致にひどく滲み出ていた。私生活をも包括したヒップホップというものへの態度、そういったものが透けて見えるようだった。C.O.S.A.はヒップホップの自然主義的要素を体現していた。私は本作を1つの<正解>として捉えている。その後の音楽観は、ロックが大半を占めてた私の人生に大きな変化を与えた。青山や新宿を歩く時、田舎者の私を強くなった気でいさせてくれた、大切な作品だ。

阿部芙蓉美『沈黙の恋人』(2012)

10代の終わりから20代にかけて、私は音楽的に盲目の信者であった。主にデスコア/メタルコアに傾倒し、その分かりやすい強さの虜であったと同時に、ひどく排他的でもあった。その私に諭すように新しい景色を見せてくれたのが本作だ。

ウィスパー・ヴォイスで創られる美しく頽廃的な世界観。安易な例えだが1曲1曲が映画のようで、濃密だった。酸いも甘いも知った大人の強さを発見したのだ。救われたと書くと大げさだろうが、本作がなければ今はなかったであろう。聴く度に違った一面を見せる、一筋縄ではいかない不思議な愛しい作品だ。既に廃盤だった本作を1万円以上で買ったのも、今となれば誇らしい思い出である。

EDEN『Vertigo』(2018)

エレクトロを基調としたアイルランドのアーティスト、EDENのデビュー・アルバム。上記2作との共通点を上げるとすれば、美しさの構成要因にまず激情が挙げられることであろう。本作は、先鋭化して霧散した感情などの美しさを一層色濃く感じる。エレクトロニカを含む電子音楽やアンビエントへの扉を開いてくれたのはエデンの影響が大きい。

当時苦悩に塗れていた22歳の私は、生まれ変わったら彼の音楽性になりたいと馬鹿げたことすら思ったのだった。入荷待ちを何度も乗り越えて手に入れたヴァイナルは宝物だし、手首に彫った<Vertigo>の文字も私と共に在り続ける。

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◯執筆=strawberrytalt
◯Twitter:@strawberrytalt2
◯note:https://note.com/strawberrytalt/

musit編集部