私を構成する9枚【Goseki編】

私を構成する9枚【Goseki編】

#私を構成する9枚--その文言通り自身の音楽遍歴を語る上では決して切り離せない音楽作品を9枚選ぶハッシュタグ。musitでは書き手自身を掘り下げるべく個人の音楽的嗜好に迫る企画としてお送りする。弊メディアのライターたちがどのような遍歴を辿ってきたのか覗いてみてほしい。

今回は、Awesome &roidやpopolomonicaのベーシストとして活動する、Gosekiの9枚を紹介。

①Green Day『American Idiot』(2004)

全ての始まりは12歳の頃、内緒で入った兄の部屋で見つけた1枚のCD、グリーン・デイの『American Idiot』だった。心臓のような爆弾を白い手が握っているジャケットに私は心惹かれた。聴いてみると日本語ではない。演奏も普段親しんでいる音楽よりもずっと激しい。「なんだこれは!」と胸が高鳴ったのを今でも覚えている。歌詞の意味も分からなかったが、この音楽は「パンク」なのだと本能で感じた。兄に頼み込んでMDにコピーしてもらい、ウォークマンでも毎日聴いた。

3分以内で終わるリード曲「American Idiot」の次に9分超えの5部構成「Jesus of Suburbia」、そして流れるように「Holiday」「Boulevard of Broken Dreams」と繋がる流れはまるでオペラのようで、ここまで完璧なアルバムがあるのか、と今聴いても感動してしまう。この1枚がきっかけでギターを始め、初めて組んだバンドでは彼らの曲をコピーした。まさに今の私を構成する1枚なのだ。

②The Beatles『Abbey Road』(1969)

グリーン・デイに出会って高校に入学するまでパンクを聴き漁っていたが、ここでさらに音楽の沼へ引きずり込んでくる存在が現れる。ビートルズだ。

彼らを聴くきっかけは1冊の小説だった。伊坂幸太郎著『ゴールデン・スランバー』である。題名は『Abbey Road』収録の同曲名から取られており、どんな曲なのか気になった私は近くの中古CD屋に足を運んだ。

それまでビートルズは古臭い音楽だと思って避けていたが、本作の完成度に戦慄した。69年にリリースされた作品にも関わらず、全く新しい音楽に思えたからだ。A面だけでも彼らの培ったエッセンスが詰まった濃厚なアルバムなのだが、やはり本作のハイライトはB面の大半を占めたメドレーだろう。1〜2分の短曲を繋ぎ合わせた「Mean Mr. Mustard」から「Her Majesty」までの流れはジョン・レノン曰く「未完成の曲を切り貼りしただけ」らしいが、本作の象徴であることは揺るがない。

③toto『OtoO(ワトワ)』(2011)

toto(トト)と聞けば誰もが80年代のアメリカのロック・バンドを思い浮かべるかもしれないが、ここで書くのはそれではない。

「ポエトリーリーディング」をご存じだろうか。簡単に言えば、音楽に乗せて朗読をする音楽ジャンルで、主にヒップホップの派生だったが、現在は様々なジャンルで用いられるようになった。そして、日本のポエトリーリーディングの第1人者と言える人物がtotoだ。ヒップホップ・グループ、SUIKAのメンバーでもある彼女は語りかけるように唄い、それまでの日本人ヒップホップの定義を壊した。彼女の紡ぐ言葉は母性的で、胎内にいた時を思い出すような暖かさがある。

ポエトリーリーディングとの出会いは高校生の頃、リハーサルスタジオに通い詰めている時だった。当時、軽音楽部だった私は学校帰りにスタジオに行き、練習するでもなくスタッフにおすすめの音楽を教えてもらった。思えばその時間こそが、今の自分を決める分かれ道だったのかもしれない。何となしに入ったスタジオで教えてもらった1枚が私を構成しているのだから。

④小林大吾『オーディオビジュアル』(2010)

totoの楽曲「雲の上のお話」で客演する詩人が小林大吾だ。彼は音楽活動に積極的ではない。というより、音楽は幅広いライフワークのほんの一部のようだ。ある時は神楽坂にある古書店でコーヒーを淹れているし、またある時は自身のブログで悩み相談を受けている。架空のタイル工場の専務でもある彼は、一言で言えば「謎」の男だ。

しかし、私はそんな彼の自由奔放なところに言い様のない魅力を感じている。彼の紡ぐ言葉の独特な言い回しやヒップホップともポエトリーリーディングとも言い難い唄い方。自身で作るローファイなトラック。全てが特別であり、小林大吾というジャンルを形成している。ぽつりぽつりと零すように呟く彼の言葉を聴くと、まるで小説を読んでいる気持ちになり、頭の中には見たことのない景色が広がる。言うなれば歌の小説だ。今作『オーディオビジュアル』は彼の作品の中でも特に景色が色濃く映し出されており、聴く人の耳を離さないアルバムとなっている。

⑤スピッツ『名前をつけてやる』(1991)

ロックの始まりはグリーン・デイだった私だが、そもそも音楽に触れる1番最初のきっかけはスピッツだった。

幼少期、保育園に向かう車中ではいつも『名前をつけてやる』が流れていたが、これは保育園に行くのを嫌がった私をなだめるために父親が考えた作戦だった。なぜか幼少期の私は特にこのアルバムが好きで、流れていると素直に言うことを聞いたそうだ。アルバムの再生時間は約40分。ちょうど保育園の行きと帰りの往復で聴き切れる長さだったのもよく覚えている。私にとって生まれて初めて好きになったアルバムが『名前をつけてやる』だったのだ。

大人になってから改めて聴くとこのアルバムの魅力がより一層分かった。本作の楽曲は全て5分以内で終わる。テンポの早い曲とメロウな曲がバランス良く収録されており、中だるみするような部分が全くない。スピッツの作品の中でも完璧に作られたアルバムの1つだ。

⑥never young beach『fam fam』(2016)

never young beachと出会ったのは24歳。初めて聴いたのは1st『YASHINOKI HOUSE』で、当時は「はっぴいえんどや加山雄三のリバイバルかな」くらいにしか思っていなかった。しかし、その独特な気怠い歌声はなぜか頭から離れなかった。

安部勇磨の書く歌詞はどこか庶民的で凡俗的であり、そして何より平和的だった。洗濯物がパタパタと揺れているだけのことを歌にして、ここまで人の心を揺さぶれるのかと驚いた。2nd『fam fam』でも安部節は進化しており、表題曲の「fam fam」は死を題材としているにも関わらず、どこかお気楽で肩の力が抜けてしまう。と思いきや、ラストナンバー「お別れの歌」では今まで見せたことのないような表情で力強く歌い上げており、初めて聴いた時は鳥肌が止まらなかった。20代も半ばに迫る頃にここまで感動するアルバムに出会うとは思っていなかった。ネバヤンは今でも最も好きなバンドの1つである。

⑦American Football『American Football』(1999)

20代で最も影響を受けた音楽は間違いなくこの1枚。マイク・キンセラを中心に結成されたアメリカン・フットボール。エモにおけるレジェンドであり、90年代の音楽シーンを語る上では外せないバンドだ。

彼らを知ったのは20歳の頃だが、既に活動休止中。アルバムも1枚のみで、新譜が出ることもないと思っていた。当時大学生だった私は、そのCDを擦り切れるまで聴いた。この頃からアナログにも手を出し、初めて買ったレコードは本作だった。私にとってアメフトはこの1枚で完成されており、これ以上も以下もない存在だった。そのため、16年に活動再開し2ndアルバムがリリースされた時は心底驚いたし、まさか翌年来日してライブを生で観れるなんて想像もしなかった。

アメフトのライブは可能な限り行き、19年のフジロックでも記録的な豪雨の中で彼らの音楽を浴びた。大雨で靴は水没し、服もびしょびしょになり最悪な状態だったにも関わらず、ライブは壮観で雨音すらも彼らの演出の1つなのでは、と疑うほどだった。私はあの光景を一生忘れないだろう。

⑧The Get Up Kids『Something to Write Home About』(1999)

アメフト同様、近年活動を再開させたのがザ・ゲット・アップ・キッズである。このニュースは全国のエモファンを歓喜させた。

99年リリースの本作を初めて聴いたのは20歳の頃。当時は音楽を聴くことに多少の飽きを感じ、新しい音楽を探しておらず、その代わり90年代のカルチャー全般に興味があり、当時の映画や本を漁っていた。その時に音楽雑誌で見つけた、一際目立つCDジャケット。2体のロボットが寄り添っているその絵が不思議と気になり、聴いてみたのが始まりだった。

彼らの演奏は大して上手くないが、初期衝動が詰まっていた。友達や彼女がいないオタクがギターを武器にし、感情をさらけ出したかのような勢いと情緒があり、そんな感情の渦のような音楽に強く惹かれた。それが「エモ」というジャンルなのだ。90年代に突然生まれたそのジャンルをもっと知りたくなり、私は再び音楽の沼にハマっていった。彼らがいなければレコード屋で働くこともなかったかもしれない。

⑨Weezer『Van Weezer』(2021)

ラストはウィーザーの最新アルバム。私はAwesome &roidというバンドを組んでいるが、ウィーザーがいなければ結成には至らなかっただろう。オルタナティヴ・ロックという不透明なジャンルを掲げる上で、彼らの存在はかなり大きかった。

リヴァース・クオモの作る音楽はとても幅広い。『Van Weezer』はタイトル通りヴァン・ヘイレンをリスペクトした作品で、全曲通してハード・ロック調。一方、前作の『Ok Human』は歌にフォーカスしたポップ・アルバムとなっており、『Van Weezer』とは対極だ。作品によってジャンルの幅を振り分けるのはリスクがある。バンドの方向性を見失う恐れがあるからだ。しかし彼らはリヴァース・クオモという絶対的存在のおかげで、どんな作品でもウィーザーらしくあることができる。まさにオルタナティヴ・ロックの王者だ。

彼らのおかげでAwesome &roidは1つのジャンルにこだわらず、エモであり、ポップパンクであり、パワーポップであることができた。私たちにとってウィーザーは1つの指標のようなものなのだ。

Goseki