『ミッドサマー』のサントラからボビー・クーリックを辿る【ホラー映画を彩る音楽】

『ミッドサマー』のサントラからボビー・クーリックを辿る【ホラー映画を彩る音楽】

『ミッドサマー』という映画がある。ジャンルはホラー、もしくはカルトホラー。2019年(日本は2020年)に公開された本作は絶賛をもって迎えられ、もはやカルト的な人気は優に超越し、恐怖映画の新たな金字塔として広く名を馳せつつある。

『ミッドサマー』ポスターヴィジュアル

去る2021年9月9日、NetflixやU-NEXTをはじめとした各種映像サービスにて、本作の「見放題」での配信がついにスタートした。かの美しくも凄惨なフェスティバル・スリラーが、再び数多の人々に恐怖を植え付けようとしている。こんなにワクワクすることはない!

そこで、本稿では作品への理解を音楽的な観点から深め、なおかつ拡張するため、『ミッドサマー』のサウンドトラック及びその制作を行ったボビー・クーリックの音楽について迫っていきたい。

※できるだけネタバレには配慮しているが、一部あらすじにも触れるため、どうしても気にしてしまう方は映画の鑑賞後に再び本記事を訪れてほしい。

『ミッドサマー』の何が凄いのか

本題に入る前に、まず『ミッドサマー』がいかに優れたホラー映画であるか、この場で簡単におさらいしておく。

「継承」されたカルトホラー

ニューヨーク出身の映画監督であるアリ・アスターが手掛け、スウェーデンとアメリカの合作によるホラー映画として2019年に公開された『ミッドサマー』。2018年、アスターにとって初の長編作品となったホラー映画『ヘレディタリー/継承』が批評家筋から激賛され、満を持して世に送り出された2作目の長編が『ミッドサマー』だった。

ヒグチユウコによる『ミッドサマー』の日本限定ポスター

『ヘレディタリー/継承』は、祖母の死をきっかけに一家を襲う超自然的な恐怖を描いたオカルトホラーだが、本作に登場する「精神疾患」「ドラッグ」「カルト教団」「サイコな残酷描写」といった設定やモチーフは『ミッドサマー』にも受け継がれている。伏線をそこかしこに張り巡らせた脚本という点でも共通しており、『ミッドサマー』は『ヘレディタリー/継承』を文字通り「継承」した作品と言って良いだろう。

リアリスティックな惨劇と映像美

ただ、観る者を震え上がらせる作品の完成度としてはもちろん、『ローズマリーの赤ちゃん』などに代表されるオカルトホラーの古典的映画をリバイバルさせた意味においても『ヘレディタリー/継承』は優れていたが、あくまで『ミッドサマー』はリアリスティックな描写に徹している点で、両者は決定的に異なっている。

『ミッドサマー』では、ダニーをはじめとした主人公たちがスウェーデンの奥地・ホルガ村に招待され、異教の祭典(夏至祭=Midsommar/スウェーデン語)に巻き込まれていく。緑に囲まれたロケーション、美しい女性たち、色彩豊かな食事、夜になっても日が暮れない白夜という非日常--しかしそれらとコントラストを成し、言うなれば裏切るような、思わず目を覆いたくなる凄惨な展開の数々。文明社会の常識が一切通じない世界で主人公たちは次々と犠牲になっていくが、単にホルガ村の住人は信仰に基づいて行動しているだけであり、殺意を持っていないのが一層恐ろしい。

大島依提亜による『ミッドサマー』の日本限定ポスター

ぶっちゃけ、ストーリーの構造自体はそこまで珍しいものではないかもしれない。あえて穿った見方をすると、要は「閉鎖的空間で恐怖体験に遭う」という、ある意味ホラー映画のセオリーをしっかり踏襲している。そもそも、プロットを含め『ミッドサマー』の元ネタ的な要素を多く含む『ウィッカーマン』という映画も存在するのだ。

では、この映画の何が人々を惹き付けるのか--その答えは「手法」にあるのではないだろうか。つまり、印象的なカメラワークやカット、伏線回収、解釈の分かれるラストシーン。そして、それらの要素を(白夜ではあるが)白昼の下で克明に繰り広げ、圧倒的な映像美として提示してしまう。観客は目を背けたいが凝視していたいというアンビバレントな感情の抑圧に押し潰される。その点では元ネタの『ウィッカーマン』など比ではないだろう。しまいには恐怖を通り越し、もはや笑えてくるのでタチが悪い。一部の人間の性癖にぶっ刺さり、返しのついた針のように、抜けてくれない。

感情を揺さぶる『ミッドサマー』のスコア

さて、『ミッドサマー』を恐怖映画の新たな金字塔たらしめる要素として、音楽(劇伴)は避けて通れない。ここからは本題として、本作のサウンドトラックを起点に話を進めていく。

『Midsommar』Original Motion Picture Score
CDジャケット

ポストクラシカル/ダーク・アンビエントとしての『ミッドサマー』

アルバムは、「Prophesy」の美しいハープの音色で幕を開ける。これが果たしてホラー映画のイントロなのか?と邪推してしまうのも束の間、女性の泣き声でフェードインし、物悲しいヴァイオリンの音色が印象的な「Gassed」を聴けば、これから訪れるであろう恐怖に身構えなければならないと悟る。

「Hålsingland(ヘルシングランド=映画の舞台となった実在する地方)」は不穏な低音と、終盤の悲鳴のようなストリングスが耳を突き刺し、聴く者に追い討ちをかけるが一転、ホルガ村の美しい情景を想起させる「The House that Hårga Built」で安寧を提供してみせる。

しかし、深遠かつアンビエントな「Attestupan」や「Ritual In Transfigured Time」で休息の終わりが示唆され、「Murder (Mystery)」のアトモスフェリックなサウンドが徐々に不安を増幅させていく。またも一転して神秘的な響きで魅了する「The Blessing」で油断させられるが、不穏な雰囲気で始まる「Chorus of Sirens」から、女性たちの妖しげで艶かしい慟哭のコーラスが響き渡る狂気の「A Language of Sex」、そして「Hårga, Collapsing」へ一気に雪崩れ込み、やがて物語はフィナーレへと向かっていく--。

『Midsommar』Original Motion Picture Score
LPジャケット

ここまで聴けば、様々な表情を見せる『ミッドサマー』のスコアは映画音楽である以上に、それ単体で非常に優れたポストクラシカル/ダーク・アンビエント作品だということが十分に理解できるはずだ。映画を鑑賞する前でも、もちろん後でも、オリジナル・アルバム(もしくは物語性を持ったコンセプト・アルバム)として存分に楽しむことができるだろう。

雄大なストリングスがもたらすカタルシス

緩急のある映画本編同様、スコアを辿るだけでも感情をあちらこちらに揺さぶられるが、ラストの「Fire Temple」は全てを包み込み、あるいは鎮めるかのような、まさに「カタルシス」と呼ぶに相応しいストリングスの雄大な響きで終焉を迎える。

サウンドトラックを聴くだけで、ここまで贅沢な体験ができてしまう。ホラー映画の耐性がなく観るのを渋っている方は、まずはこのサウンドトラックを入り口にしてみるのも一興ではないだろうか。しかし、このカタルシスの正体--いかなる結末が待ち受けているのかは、是非ともあなた自身の目で確かめてみてほしい。

ボビー・クーリックは何者か

そんな『ミッドサマー』のスコアを書いたのは、イギリス出身のアーティスト/プロデューサーであるボビー・クーリック(Bobby Krlic)だ。様々な映画音楽やアーティストのプロデュースを手がけるほか、ハクサン・クローク(The Haxan Cloak=「魔女のマント」の意)というソロ・プロジェクト名義でも活動している。

Björkとの仕事

クーリックの仕事で比較的とっつきやすいのはプロデュース・ワーク周辺だろうか。というのも、彼は2015年にビョーク(Björk)のスタジオ・アルバム『Vulnicura(ヴァルニキュラ)』にアルカ(Arca)と共にプロデューサーとして参加している。このアルバムはビョーク自身のパートナーとの離別と、その悲しみからの再生を綴った作品だが、ある意味クーリックは、彼女の傷を癒す手助けを担った重役と言っても良いだろう。ちなみにクーリックはその後、本作のアメリカとヨーロッパのツアーにも帯同している。

余談だが、キリスト教から見た「異教」は侮蔑的なニュアンスを込めてしばしば「ペイガニズム」とも称されるが(『ウィッカーマン』の主人公であり敬虔なキリスト教徒であるハウイーは「ペイガン」とはっきり口にする)、そういえばビョークの2001年のアルバム『Vespertine』に「Pagan Poetry(ペイガン・ポエトリー)」なんて曲もあったな…と頭が勝手に繋げ出したら、もう既に手遅れである。

ウィッチハウスと『Excavation』

閑話休題。一方で、先述の通りクーリックはハクサン・クロークとしての顔も持ち、これまでに『The Haxan Cloak』(2011)、『Excavation』(2013)と2枚のスタジオ・アルバムをリリースしている。本稿では後者について触れたい。

The Haxan Cloak『Excavation』ジャケット

こちらにたなびく縄が「あちら側」へといざなう意味深なジャケット。一聴すると、『Excavation』には強制的に自分の居場所を異界と交換してしまうような、呪術的な求心力があるように感じる。そして、その感覚は遠からず正しい。なぜならこのアルバムのテーマは「死後の旅」だからだ。

クーリックは、ダークなエレクトロニカを基調にストリングスを効果的に使用し、退廃的でゴシックなサウンドを紡ぐ。その音楽性はダークウェイヴやシンセウェイヴ、ドローン・ミュージック、ポストインダストリアルといった様々な文脈での解釈が可能だが、ウィッチハウスの派生として捉えてもおかしくはない。

エレクトロニカのサブジャンルとして知られるウィッチハウスだが、「魔女の家」を意味する名称のように、オカルトや呪術、ホラー、あるいはゴシックといった要素をテーマとした音楽性が特徴に挙げられる。重く鈍く叩きつけられるビート、地を這うような不協和音--少なくとも『Excavation』で展開されるサウンドには日常においては明らかに異質な、正体の分からない対象物に抱く恐怖心に似たものが宿っている(それは「死後の旅」というアルバムのテーマにも通ずる)。そして、本作がウィッチハウス・ムーヴメントを牽引したレーベル《Tri Angle Records》からリリースされているという事実が、何より象徴的だ。

なお、Pitchforkのレビューによればクーリックは『Excavation』について自らこのようにコメントしている。

“It’s not a place in which to seek refuge from life’s ills, but rather one in which you can satisfy a perverse need to draw them in closer.”
(それ(=『Excavation』)は人生の悪から逃れるための場所ではなく、むしろ悪を引き寄せたいという倒錯した欲求を満たすための場所なのだ。)
--The Haxan Cloak: Excavation Album Reviewより

恐怖を凌駕する美意識

呪術、恐怖、死後など、なかなか穏やかでない言葉ばかり並べてきたが、『Excavation』は決してリスナーを陥れるだけの作品ではない。特に13分にも迫るラストナンバー「The Drop」は、シリアスながらも幻想的で、前半は穏やかな雰囲気さえも放つ。この感覚は初めてではない--そう、『ミッドサマー』のスコアだ。

そうと分かれば、劇中のどこかでこの楽曲が使用されていても違和感はない。それこそ《Tri Angle Records》を代表するバラム・アカブ(Balam Acab)の音楽に似た繊細なテクスチャーが、この楽曲のみならずアルバム全体にも認められるかもしれない。

アルバムのタイトルである「excavation」は「発掘」という意味だが、一体何を掘り起こすというのだろう。文明社会において抑圧された狂気性か、それとも墓地に眠る魔女の亡骸か。いや、それ以上に恐怖から生まれ、恐怖をも凌駕する美しさを、このアルバムで見出しているのではないだろうか。

とにかく、それらの要素を含有した音楽を奏でるハクサン・クローク、もといボビー・クーリックが『ミッドサマー』の劇伴作家として招かれたのは必然だった。理解の範疇を超えた異教を信仰しているホルガ村にとって、クーリックもまた最良の人選だったのだ。彼自身も、90年に1度の夏至祭に捧げられた「生贄」なのかもしれない。

参考記事

The Haxan Cloak – Excavation | ハクサン・クローク、ボビー・ケリック(ele-king)
The Haxan Cloak: Excavation Album Review(Pitchfork)
ポスト・チルウェイヴ的アルバム・ガイド~暗黒のウィッチハウス編(キープ・クール・フール)

對馬拓