【フィジカル放浪記 Vol.2】スピッツ待望のリイシュー盤『花鳥風月+』をアナログで聴く

【フィジカル放浪記 Vol.2】スピッツ待望のリイシュー盤『花鳥風月+』をアナログで聴く

遡ること30年前、1991年は弩級の名盤が数多く世に送り出された年だった。ニルヴァーナ『Nevermind』、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン『Loveless』、プライマル・スクリーム『Screamadelica』、ティーンエイジ・ファンクラブ『Bandwagonesque』、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ『Blood Sugar Sex Magik』、メタリカ『Metallica』──と錚々たる顔ぶれだ。

そんな、海の向こうでは群雄割拠が繰り広げられていた1991年、スピッツは3月25日に《ポリドール》(現ユニバーサル ミュージック)よりひっそりとメジャー・デビュー。1stシングル「ヒバリのこころ」と1stアルバム『スピッツ』を同時にリリースした。

紆余曲折を経て2021年。デビュー30周年を迎え、今やメンバーも全員が50代となったスピッツは、国民的なバンドとして不動の地位を築きながら、今なおメジャー・シーンの異端的存在として君臨している。そんなアニバーサリー・イヤーを記念して、9月15日にスペシャル・アルバム『花鳥風月』『色色衣』『おるたな』の3作品がアナログでリリースされた。『花鳥風月』は、『花鳥風月+』として新たに4曲追加収録され、CDと共にリリースされている。

そこで、今回は『花鳥風月+』に注目し、追加収録曲のレビューやアナログ作品としての魅力などを交えながら語っていきたい。

 

超待望の『花鳥風月+』

オリジナルの『花鳥風月』は1999年3月25日リリース。本作はシングルのカップリングやアルバム未収録曲を集めた「スペシャル・アルバム」と位置付けられており、同シリーズは『色色衣』(2004)、『おるたな』(2012)とリリースされてきた。

ちなみに、当初は「ベスト盤を出すのは解散する時」と考えていたスピッツにとって、『花鳥風月』は当時の「ベスト盤ブーム」に抗う意図もあって「B面集」として企画されたものだった。しかし皮肉なことに同年12月、メンバーや事務所の許可がないまま『RECYCLE Greatest Hits of SPITZ』がリリースされてしまった通称「マイアミ・ショック」は有名なエピソードだ。

『色色衣』『おるたな』のアナログ化も嬉しいが、やはり注目すべきは『花鳥風月』だろう。というのも、本作は今回のリイシューにあたって、インディーズ時代の『ヒバリのこころ』から新たに4曲を追加し、『花鳥風月+』としてリリースされたからだ。

 

幻のミニアルバム『ヒバリのこころ』

『ヒバリのこころ』は1990年3月21日、インディー・レーベル《ミストラル》からリリースされた全6曲収録のミニアルバムで、セールスが振るわず初回プレスのみで生産が終了した幻の作品。現在でもオークションなどでウン十万円…という高額で取引されているようだ。

『花鳥風月』には元々『ヒバリのこころ』から「トゲトゲの木」と「おっぱい」の2曲が収録されていたが、今回の『花鳥風月+』は残りの4曲を追加し、しかも『ヒバリのこころ』と同じ曲順でアルバムの最後に収められた。さらに「353号線のうた」と「死にもの狂いのカゲロウを見ていた」は初音源化。まさしくファンにとっては超待望、である。

『ヒバリのこころ』ジャケット。帯には「軽快なアコースティック・サウンドと透明な詞の世界、スピッツ・デビュー」という味わい深い文言が…(是非、画像検索してほしい)

 

『花鳥風月+』に追加収録された4曲

せっかくなので、今回『花鳥風月+』に追加収録された4曲について、簡単な解説とレビューを綴っておく。

 

「ヒバリのこころ」

のちにメジャー・デビュー・シングルとして1stアルバム『スピッツ』と同時にリリースされた(アルバムにも収録)。シングルと比較すると、アレンジや一部の歌詞が異なる。

スピッツ自身の決意を歌っているかのような名曲で、聴くと前向きな気持ちを受け取れるのだが、2番では“遠くで鳴いてる 僕らには聞こえる 魔力の香りがする緑のうた声 ”と急に不穏な空気になるのが、実にたまらない。脚立に座るという謎スタイルのMVも味がある(この脚立は「ルキンフォー」のMVでセルフオマージュされた)。

 

「353号線のうた」

初音源化。国道353号線は、群馬県桐生市から新潟県柏崎市を繋ぐ実在の国道。

“小さくなってく僕ら なんだかすごくいい気持ち つまらない悩みごとに 二度と苦しむことはない ”という表現がなんとも絶妙だ。自然に囲まれた国道沿いをドライブでもして自分たちのちっぽけさを実感しているようにも思えるし、あるいは「二度と苦しむことはない」というフレーズから死の匂いを嗅ぎ取ることもできる。

サビのやたら楽しげなコーラスが印象的だが、実は『キテレツ大百科』のオープニングとして有名な「すいみん不足」を歌っていたCHICKSというバンドのメンバーが参加している。なんでだよ。

 

「恋のうた」

2ndアルバム『名前をつけてやる』にも収録されているが、こちらもアレンジが異なっており、浮ついたキーボードが妙な雰囲気を醸し出す。悪くない。入りの「お〜さ〜え〜」の溜め方はアルバム・バージョンと比べると少しあっさり気味だ。どうでもいいか。

 

「死にもの狂いのカゲロウを見ていた」

初音源化。歌詞にもなっている曲名はいかにも初期のスピッツに出てきそうなフレーズで、字面だけ見れば『オーロラになれなかった人のために』あたりの幻想的なサウンドを想起するが、実際はかなりノリノリである。

“輪廻の途中で少し より道しちゃった ”とうそぶいたり、“殺されないでね ちゃんと隠れてよ ”と不穏な注意をしたり、挙げ句の果てに“時間のリボンにハサミを入れた ”と鮮烈なイメージを投げかけたりなど、何かと楽しい1曲。リッチなアウトロは、どことなくビートルズやXTCあたりを想起させなくもない。

 

アナログとしての良さはどこにあるか

さて、今回リリースされた『花鳥風月+』はCDとアナログの2形態が用意されている。アナログの仕様は33回転/180gの重量盤2枚組で、カッティングは「日本のマスタリングの父」とも呼ばれるマスタリング・エンジニア/カッティング・エンジニアの名匠、小鐡徹が手掛けたこだわりの1品だ。

 

アートワークに酔いしれる

音の話をする前に、まずアートワークについて触れておく。スピッツのアルバムをこうしてLPサイズの大きなジャケットで手に取れる、という贅沢さを存分に噛み締めたい…。

本作のアートディレクションは木村豊が担当(オリジナル盤のクレジットには草野マサムネ自身も名を連ねている)。小さなデジタルの画面ではもしかすると気付きにくいかもしれないが、ジャケットの「花鳥風月」の文字はそれぞれの漢字からイメージされるモチーフが施されている。

中ジャケット含め、当然ながらCDサイズだったものをただ引き伸ばしてレコードサイズにする、などという雑な仕事は一切していないのが分かる。見れば見るほど美しく、細部までこだわり抜いていることが伝わってくるのだ。

 

重量盤は何が違うのか

『花鳥風月+』のアナログは「重量盤」としてリリースされた。通常、12インチのレコード(=LP/Long Play)の重さは120g〜150gだが、いわゆる重量盤は180gある。重量盤はレコード自体の重みにより回転が安定し、内周近くまで溝があっても盤の歪みが抑えられるため、音質が良くなると言われている。レコードのリイシューが重量盤でリリースされることが多い理由は、まさにここだ。

ただ、「重量盤の方が音質が良い」というのは厳密に言えば違うらしい。回転が安定することでピッチの揺らぎを抑え、曲をより本来の音で再生することができる、というのが正しい表現のようだ。

なお、レコードの音質は重さだけでなく、サイズや回転数、さらには材質にも左右される。これについては別の機会で触れたい。

(参考:高音質なレコードを製作するために知っておくべき5つの基礎知識。サイズや収録時間などの適正とは?

 

レコードで得られるものとは

筆者もいち早く『花鳥風月+』のアナログを手に入れ、早速自宅のプレーヤーで聴いてみた訳だが、CD(あるいはデジタル)とは異なり、どこか柔らかく包み込むような、それでいて厚みのある印象を受けた。

ただ、自宅のオーディオ環境が決して高級ではないのもあり、どこまで音質が良いのか、というのは正直よく分からない。そもそもCDとレコードはそれぞれの「音質の違い」を楽しむものであり、優劣を決めること自体がナンセンスかもしれない。

言ってしまえば、筆者は「音質が良いから」という理由でアナログを買ったことは1度もない。むしろ少し悪いくらいが好きだったりもする。特に中古のレコードであれば多少歪んでいたり汚れていたりなど、盤のダメージによるノイズがプチプチと入っていることも多い。そこには我々を惹き付ける、ある種のノスタルジーが潜んでいる。新品にノイズが入っていれば当然それは不良品だが、レコードから得られる最大の体験は、やはりもう少し根底の方にある。それは、「レコードを聴く」という行為それ自体だ。

ジャケットを手に取り、アートワークを眺める。盤を傷つけないようにそっと取り出し、その重さを感じる。盤に針を落とし、刻まれた音を文字通り「再生する」。レコードを聴くまでの、CDとはまた違う一連の流れ。12インチという存在感。目に入る情報量。「手に取る」「重さを感じる」という、デジタルでは決して得られない方法で、我々は「作品と向き合う」という体験をするのである。

一方で、「レコードを聴く」という行為には「UI的」な学びがある、という指摘もある。興味深かったので、下記に引用しておく。

1. ひとつの感覚だけでなく、複数の感覚に訴えようとして設計されたもののほうが、大きなパワーをもつことがある。視覚的な刺激のほかに、サウンド(クリック音など)や触感(体感できる反応)を盛り込んだモバイルアプリが、ただ目で見るだけのアプリよりもずっと大きな快感をユーザーに提供できるのは、このためだ。

2. 常にそのメディアに最適な設計手段を選ぶこと。

3. ユーザーの気持ちを常に考えること。あらゆる面からユーザーの心理を読み、それがいま体験していることとどう結びつくのかを考える。例えば、ひとりの人がある体験をほかより好むのは、子ども時代を思い出させてくれるからかもしれないし、いつもの習慣だからなのかもしれない。いい例を挙げれば、わたしの母はいつも手回しのコーヒーミルで豆を挽いていたが、それは単に習慣だったからで、豆がおいしくなると考えてのことではなかった。そこそこに機能するシンプルな道具を使うために、目下のテクノロジーを拒むという行動には、ちょっとした反抗心が隠れているのかもしれない。そこそこ使えれば御の字じゃないか、というわけだ。

──その儀式性と触れる喜びを侮るなかれ。ヴァイナルはかくしてデジタル時代にも生き続ける

ストリーミングは超が付くほど便利であり、手放す気は毛頭ない。世界中の音楽にアクセスでき、しかも再生するだけでアーティストへの支援にも繋がる。レコードを必要以上に崇高なものとして仕立て上げ、ストリーミングを否定することはしない。どちらを使ったって良い。ただ、時にはこだわりを持ち、手間をかけ、腰を据え、作品とじっくり向き合う時間があっても良いと思うのだ。

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予告

musitのオリジナルZINE『(W)ave』を発行します!

現在musitはサイトのリニューアルへ向けて着々と準備を進めておりますが、それに伴う新たな挑戦として、オリジナルのZINEを発行するプロジェクトも水面下で進行中。執筆にはmusitのライター陣が参加し、レビューやコラムをはじめ、音楽をテーマにしたエッセイやショートショートなど、様々なコンテンツを準備しております。そして、Vol.1となる今回はスピッツを特集! 是非ご期待ください。

INFORMATION

musitオリジナルZINE『(W)ave』Vol.1(読み:ウェイヴ)

・特集:スピッツ30周年
・2021年12月刊行(予定)

・執筆陣(予定):
安藤エヌ/Ot3/翳目/Goseki/鮭いくら/鈴木レイヤ/すなくじら/高橋まりな/對馬拓/仲川ドイツ/中澤星児/みくりや佐代子

對馬拓