【飲みながら考える Vol.1】酒を飲みながら文章を綴ることについて
こんにちは。高橋まりなこと、タカハッピーと申します。今月より、musitにて『飲みながら考える』をテーマに文章を綴らせていただける運びとなりました。
昔、「いろいろなことに悩みながら、お酒を飲む女性」をテーマに別メディアで何作かエッセイを連載させていただいたことがあったのですが、すべて妄想で架空のお話を執筆していたので……musitではできるだけ生の(酒だけに)体験や、私が心から思ったことをゆるゆると、書き連ねてゆこうと思います。
加えてタイトルの通り、文章は毎回「酒を飲みながら」綴る予定です。まだ編集者さんに許可は取っていないのですが(取ってないんかい)。もし事後報告で許していただけて、この文章が世に出ることがあれば、musit編集部のみなさんは本当に器が広いなあと思います。こんなメディアはなかなかないぞ。多分。

▲梅酒(画像右)をチェイサーにハイボール(画像中央)を飲むと豪語していた先日。チェイサーの概念とは
真面目な話、飲酒しながら文章を書くのが、私は割と好きなのです(真面目な話なのに酒を飲んでいるので最大限に矛盾している気もしますが)。自分の内側に眠っていた言葉たちがむくむくと飛び出し、ふわふわと発光する感じがして。バキバキに光輝くのではなく、輪郭がちょっとぼやけているのもポイント。夏の空を艶やかに彩る花火よりも、清らかな川のほとりで飛んでいるホタルみたいな感じかな。伝わりますでしょうか。
お酒を飲んでいるときって、何とも不思議な感覚。先ほどまでしっかりと形づくられていた世界が、ひと口、またひと口。ぐびりぐびりと杯を重ねるうちに、じわじわと滲み出す。もしかしたら私たちが日々せこせこと生きる現実って、ちょっと見えすぎているのかもしれません。たまに歪んだり、崩れたりするくらいがちょうどいい、のかも。
一晩酒を飲んで、ぐっすり眠ったらまた整然とした(ように見える)世界にダイブして、また酒を飲む。ボロ雑巾のように草臥れた日々も、泣きたくて悔しくてたまらない日々も、酒があるからこそまるっと抱きしめてまた明日に向かってゆけるのでしょうね。


▲数年来の友人と、上野公園へ花見に行ったときのもの。気のおけない友人と酒を飲みながらゲラゲラ笑っていると、すべての悩みが吹き飛び無敵になれる気がします
もちろん酒だけではなくて、誰かにとってはそれがとびきりの音楽や、何度も見返してしまう映画や、何となく居心地が良くて大好きな喫茶店だったりするのかもしれません。そういうものたちの存在があること、幸せですね。
ところで最近、Everforという台湾のインディー・ポップ・バンドにハマっています。プレイボタンを押すと、目の前に虹色が浮かぶ音楽。綿菓子みたいな心地良いヴォーカル、中毒性があって一度聴くと抜け出せなくなります。
そんなEverforの曲に「浪漫的中華街」というものがあるのですが、先日酒を飲みながら楽曲について布教していたところ、友人がなぜか「台湾元氣倶楽部」と聞き間違いをしまして。
「台湾元氣倶楽部ってめちゃくちゃいい名前じゃない?」「ロゴをつくろう」「グッズ発信でゆくゆくはバンドにしよう」「お店もやりたいね」などと盛大に盛り上がりました。
一つのトピックがこんなに広がる飲みの場、夢があっていいですね。携帯をスクロールしていたら「台湾元氣倶楽部」という名前のLINEグループが残っていたので、どうやら夢ではなかったようなのですが。
ふつかよいのタカハッピー(高橋まりな)
