食と映画のエトセトラ──『シンプル・シモン』と2つのパイの話

食と映画のエトセトラ──『シンプル・シモン』と2つのパイの話

私はなかなかの食いしん坊だ。それ故、映画の中に登場する食べ物には目がない。これまで様々な「映画フード」を見てきたが、最近出会った中でも一際感性に刺さったものを紹介したいと思う。片手にフォーク、片手にペン……といった具合に、味覚を刺激させながら綴っていきたい。

まずは2014年公開のスウェーデン映画『シンプル・シモン』から。

主人公はアスペルガー症候群の青年・シモン。物理とSFが大好きで、難しい本もすらすら読めてしまう彼は、気に入らないことがあるとドラム缶ロケットにこもってしまう。そんなシモンを兄のサムだけは理解し、彼が癇癪を起こす度に宇宙飛行士の真似をしながら会話をしていた。しかしシモンの突拍子もない行動に痺れを切らしたサムの恋人が、ある日家を出て行ってしまう。兄の新しい恋人探しを始めたシモンは、偶然出会ったイェニファーという女性に狙いを定め、2人を近づけようとするが…。

スウェーデン映画とあって、独特なセンスの家具や部屋のインテリアが目を引く本作。シモンは何もかもをルールに沿って行おうとするので、1週間の食事は全てメニューが決まっている。ピザ、パンケーキ、ハムエッグ……そのどれもが綺麗に丸く、むしろ丸以外は断固許さない、といった感じに統一されている。

最近料理を作ってInstagramに載せることを趣味の一環としている私からしてみれば、シモンたちの作る料理はまさに「映え」る料理だ。カラフルなお皿に盛られた丸い料理は、令和の現代でSNSに載せたらきっとバズるだろう……と思えるほどの出来栄え。しかし当のシモンにとってそんなことは全く眼中になく、ただ自分が納得するために、徹底的にルールを遵守するために行っているに過ぎない。そんな所もまた不器用で愛おしく、まるで自分自身の頑固な部分を見ているようだと思える。

生きること、生活することの難しさにどこか親近感がわく、愛すべき1本だ。

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次に、2018年公開の『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』をご紹介。

郊外の一軒家で穏やかに暮らしていた1組の夫婦。ある日突然交通事故によって夫を失った妻の元に、白いシーツを被った夫の亡霊が寄り添うようになる。

時間を超越するスペクタクルでありながらミニマルな世界観を描き、個人的な2018年のベスト映画にランクインした本作だが、この映画にもパイを食べるシーンが登場する。しかし後述する『マイ・ブルーベリー・ナイツ』のような優しさはそこになく、悲壮にあふれ、胸を貫くような痛ましさを感じるシーンとして、私の中でひっそりと息づいているシーンだ。

夫を亡くし、呆然自失となった妻のもとに届けられたチョコレート・パイ。悲しみに暮れる人間にとっては暴力ともいえるほど甘いそれを、妻は台所に座りながら黙々と、しかし次第に食い荒らすような勢いで口に運んでいく。

その様子が、劈くような静寂の中で何分間も長回しされる。一瞬たりとも途切れないシークエンスの中で、私は永遠とも思える時間の経過とともに妻の姿を凝視し続けた。やり場のない悲しみ、虚しさが、細い身体から爆発するかのように溢れ出てくる。半分ほどを食べ終わったあたりで、妻は激しくえずき、トイレで嘔吐する。

そこで場面は終わりを告げるのだが、好意的に食事シーンを描く映画とそうでない映画があるとしたら本作は後者になる。アプローチが違う作品同士、どちらも代えがたい魅力があり、『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』を観た時、えずきや苦しみのような不快感よりも、口の中が脂っこくも後引くチョコレートの味に満たされていることに気付いたのだ。

蠱惑的なチョコレートの甘味に誘われ、スイーツは別腹というように、他の甘いものが登場する映画をふらふらと追い求めるようになった。

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そんな折、2008年公開の香港・フランス合作映画『マイ・ブルーベリー・ナイツ』に出会った。

現在『恋する惑星』を始めとした過去作の4K復刻上映が行われている映画界の巨匠、ウォン・カーウァイ監督。本作は彼が初めて英語での作品作りに挑戦したラブ・ストーリーだ。

失恋したばかりの主人公・エリザベスは、ある日ふらりと入ったカフェのオーナー・ジェレミーに出会い、彼が焼くブルーベリー・パイによって少しずつ癒されていく。

もちろん、この作品で私が推したい映画フードは、言わずもがなそのブルーベリー・パイである。

どうして泣きたい時に食べる甘いものというのは心に沁みるのだろう。この映画を観ていると、悲しみに寄り添う砂糖の味と人の温かさに思いを馳せてしまう。しょっぱい食べ物でもいいのだけれど、やっぱりここは甘いものをセレクトしたい。中でもケーキやタルト、そしてパイのような、細いフォークでひとかけずつゆっくり味わえるものがいい。

主人公にブルーベリー・パイを差し出す男性が、美丈夫として知られるジュード・ロウであることもポイントだ。あんなカフェが実際にあって、本当にジュードのような男性が悲しみに暮れる自分に対してパイを差し出してくれるのだとしたら、私は足繁くそこに通い詰めるだろう。

甘くてメロウで、ロマンチックだけどリアリティもある。いい塩梅の(甘さの?)夜中に1人でうっとりとした気分に浸りながら観たくなる映画である。

酸いも甘いも、辛いもしょっぱいも味わえる。テーブルの上に乗った料理からは、席に着く人たちの関係性や性格が垣間見える。そういった五感を刺激させる映画鑑賞体験ができるから、食への興味や好奇心が止められない。食べ物の数だけ映画これからも私はきっと、映画の中の食べ物に思いを巡らせながら生きていくのだろう。

──さあ、今夜は何を食べ、何を観ようか。鼻歌を歌いながら、今日もテレビをつけるのだった。

安藤エヌ