Gosekiのアメリカ徒然探訪録:Day 15

Gosekiのアメリカ徒然探訪録:Day 15

Day 14では無事、アメリカでの初ライブを成功させたAwesome &roid。あと1回、現地でのライブを控えている彼らだが、この日はロサンゼルスを巡ることに。「LAグルメツアーか?!」と疑うくらい、とにかく食べまくる一行であった。

主な登場人物

ゴセキ
Awesome &roid ベース、musitライター

タツル
Awesome &roid ヴォーカル/ギター

ショータロー
カメラマン

シバ
Awsome &roid スタッフ

* * *

8月15日

朝から嬉しいことがあった。

モーニングコーヒーを飲むために立ち寄ったスターバックスで、ついに名前を間違えられずに「Yuta」とカップに書いてもらえたのだ。アメリカに来て2週間。苦労の末の結果に私は喜んだ。「Yutaってかなり分かりやすい名前だけどね」と水を差すタツルの言葉は聞かなかったことにした。

今日は朝からロサンゼルスの市内に遊びに行く予定だ。その前にシバおすすめのメキシコ料理屋で朝食をとる。なんとシバが朝食をご馳走してくれるということになり、私たちは遠慮のかけらもないほど食べた。

LAのダウンタウンの外れにある《BIRRA LOS SOCIOS》はメキシカン料理ファンの間では人気の店らしく、店内はかなり混んでいた。最近ほとんど毎日ブリトーを食べているような気がしてあまり乗り切れなかったが、奢ってくれるなら喜んで、くらいの軽い気持ちでいざ食べてみると本当に美味しかった。トルティーヤでチーズを挟んだケサディーヤやメキシカンラーメンなど、どれも美味しく、朝ごはんにも関わらずパンパンになるまで食べてしまった。

4人で容赦なく食べてコーラまで飲んだせいでシバは朝食に100ドル払っていた。申し訳ない。お礼の意味を込めて近くにあったコーヒースタンドをご馳走した。犬のロゴが可愛い《MUGS COFFEE》店員も気さくに話してくれてコーヒーも美味しかった。

腹ごしらえがすんだ私たちはロサンゼルスのダウンタウンにあるドーナツ屋さんに行く(まだ食べるのか)。《DONUT FRIEND》はロックファンの間では知る人ぞ知る名店だ。90年代を代表するポストハードコア・バンド、Drive Like Jehuのドラマーであり、レコーディング・エンジニアとして数々の名盤を生み出したマーク・トランビーノが経営しており、ドーナツの名前も自身が手がけたバンドやアルバムにちなんでいる。例えば「Jimmy Eat Swirl」(=Jimmy Eat World)、「Javabreaker」(=Jawbreaker)、「Bacon 182」(=Blink-182)などなど、音楽ファンには嬉しい名前だ。

私はチョコの「Promise Ring」(そのまんまだ)と「Strawberry So Far」(=Story So Far)を食べた。タツルは「Motion City Sandwich」(=Motion City Soundtrack)にアイスの「Paramoreo」(=Paramore)をトッピングした豪華版ドーナツを食べていた。タツルはマーク・トランビーノ作品のファンで、いつか自分たちのアルバムも手掛けてもらうのが夢だという。私にとっても叶えたい夢となった。

ドーナツを食べ終え、LA市内を歩く。トイレに行きたくなったので探したが、公共のトイレはいくら探しても見つからなかった。ダウンタウンは治安が悪く、至る所にホームレスがいるため、トイレを貸してくれる店すら少ないのだ。

これまでにもホームレスは見かけたし、日本でも珍しいわけでもないので、変な話、見慣れていたところもあったが、正直LAのダウンタウンのホームレスは常軌を逸しているように見えた。目は虚ろで遠くにいても分かるくらいの異臭を放ち、ふらふらと歩く姿はゾンビのようだった。ショータローと歩いていると、ガリガリの坊主頭のホームレスとぶつかりそうになる。とっさによけると身を捩らせながら奇声を発して去っていった。おそらく違法薬物を使用しているのだろう。実は女性だったということも最初は気が付かなかった。

LAのダウンタウンには《スキッド・ロウ》という通りがあり、そこはホームレスのキャンプ地のようになっている。一度だけ車で通ったが、ショータローから「目が合うと襲ってくる可能性があるから外は見ないほうがいい」と忠告を受けるほど危険な通りだ。幸い、特にトラブルはなくダウンタウンを離れられたが、このアメリカ滞在で最も恐怖したし、社会の闇を覗いたような気持ちになり、辛かった。

膀胱が限界になっていた私たちは駐車場のオーナーに頼み、なんとかトイレを借りることができた。厳重な鍵で守られたトイレで用を済ませ、私たちはダウンタウンを後にした。

次に向かったのは、エンターテインメントの聖地《ハリウッド》! ここではショータローと別行動をし、3人でアメリカ最大級のレコード・ショップ《Amoeba Music》へ。この店だけで先日行った3つのレコード屋の商品の総数を優に超える膨大な数のレコードが陳列されており、まさに宝の山のようだった。

また、今まで一度も見ることがなかったCDコーナーをついに見つけることができた。だが、その売り場はレコードに比べればごく少ない数しかおいておらず、アメリカのCD離れの実態を見た気持ちになった。噂はよく耳にしていたが、ここまでとは。日本でもCDを再生する機器を持っていない人も増えているらしいし、一部のハードオフやゲオではCDの買取がなくなるという。アメリカの後を追って少しずつCDがなくなっていくのかもしれないと思うと寂しい。

気を取り直してレコードをディグる。学校の体育館ほどある店内ですべてのレコードを見るのは時間がかかり過ぎてしまうため、今回はジャンルをロックとパンクに絞ることにした。

レコードを見ていて、ジャンルの分け方が気になった。Green DayやThe Offspring、New Found Gloryなど、俗にポップ・パンクと呼ばれるようなアーティストはすべてポップ/ロックのコーナーにあった。パンクコーナーはハードコアや70′sパンク、ロカビリーといったオールドスタイルのみとなっていて、アメリカにとってポップ・パンクはポピュラー・ミュージックの分類なのかと驚いた。

確かに、カーラジオからも当たり前のようにBlink-182が流れたり、スーパーでNFGが流れたりと、ポップパンクの地位は日本よりも高いらしい。逆に言えばポップパンクはパンク・カルチャーとしては認められていないとも取れるが、老若男女問わず受け入れられるシーンの一角にいることは羨ましく思えてしまう。

ぶっちゃけてしまえば、新品に関しては日本で買えないレコードなんて滅多にない。国内のレコード・ショップはどこも輸入に力を入れているし、その気になれば個人でも輸入し手に入れることができる。なので、無理に新品のレコードを買い漁る必要性はあまりないのかもしれないが、私はここでそれはもうたくさんのレコードを買った。Green DayやNirvanaの持っていなかったアルバムから、ジャケットで選んだ初見のレコードまで、10枚近くのレコードや《Amoeba Music》のグッズを買うことができた。

この頃にはクレジットカードで買い物をすることに抵抗がなくなっていた。来月の支払いのことを考えると気持ちがズンと重くなるが、もう開き直ることにした。お金のことを気にしていたら楽しめるものも楽しめないということを学んだのだ。

《Amoeba Music》を後にした私たちは、ショータローを待つ間に西海岸最初のメジャー・レーベル《Capitol Records》の本社を見に行くことにした。私が敬愛するビートルズやクイーンをはじめとする様々なバンドを産出してきた大手レーベルを生で見ると背筋が伸びる。事前に申請しているとオフィスツアーもできるらしいのだが、急遽行くことになり中には入れなかったので、次に来た時は是非見てみたい。

Capitol Records 本社前にて

ショータローと合流した頃には17時を超えていた。このまま帰るのも早いなと感じた私たちは、この間行った場所とは違うアウトレットに行くことにした。デザートヒルズにあるアウトレットは多少距離はあるがかなり広く、店舗も多い。VANSハンターのタツルも腕を鳴らしてた。調べると閉店時間も20時でギリギリ間に合いそうだったので、私たちは急いでデザートヒルズへ向かった。

途中、渋滞もありアウトレットについたのは19時を過ぎてしまっていた。時間もないため私たちは別行動することに。タツル&シバはもちろんVANSへ。私は特に見たい店もなかったためショータローと行動を共にした。しかし、アウトレットを歩き始めてすぐある違和感を感じた。閉まっている店がやたらと多いのだ。嫌な予感がする。

改めて調べるとアウトレットは20時までやっているが、ほとんどの店が19時で終わってしまうという。目的であるVANSも閉まっていそうだ。ここまで遠くに来たのにこんな結果になるとは、、、残念だったが、かろうじて営業していたコンヴァースやニューバランスへ行く。

気付くとショータローともはぐれてしまったため、閉店しかけのアウトレットを歩いてみる。人もまばらになり薄暗くなってきたアウトレットは、どこか異世界のような空気感がある。もうほとんどの店が閉まっており、従業員からは「なんでまだいるんだよ」というような冷ややかな視線が送られる。それなら、なぜ営業時間を20時までにしたのだろうか。

やることもなかったので車に戻り、3人の帰りを待つことにした。どうやらVANSは辛うじて営業していたらしく、3人はVANSに駆け込み、目当ての物を買えたらしい。アウトレット的にはギリギリ間に合っていなかったような気もするが、ドライブとしては楽しめた。

帰る頃には飲食店もほとんど閉まっていて、閉店間際のチャイニーズ・ファストフード店《PANDA EXPRESS》へ駆け込む。料理を注文し、クレジットカードで支払おうとしたところ、店員が怪訝な顔で私のカードを見てくる。何か言っているが私には分からず、タツルに助けを求める。すると、どうやら私の使っている楽天カードに描かれているパンダの絵を見て、パンダエクスプレスのクーポン券だと思ったらしい。「見たことのないパンダカードだから驚いたよ」と店員が笑い、私たちも笑ってしまった。「日本のクレジットカードは可愛いね」と褒めてくれた。

店がもう閉店時間ということだったので、私たちは外で食事をした。カリフォルニアは乾燥しているせいか、昼は暑いが夜は気温がぐんと下がり肌寒くなる。日本のような蒸し暑い夜がないため過ごしやすく、日本の夏がこれくらいの天気ならどれだけ良いかと思えてしまう。

今日は食べてばかりだった気がする。アメリカに来たばかりの時はあまり太らないように食べ過ぎには注意していたが、感覚がバグってもはやどうでもよくなっていた。

明日はついにあの男がアメリカにやってくる。今頃は飛行機で空の上だろうか。彼が無事に検問所を通過し1人でアメリカに入国する未来を誰も想像できないまま、私たちは帰路へついた。

* * *

Goseki