Gosekiのアメリカ徒然探訪録:Day 22【最終回】

Gosekiのアメリカ徒然探訪録:Day 22【最終回】

Gosekiにとって、人生初の海外、そして人生初のアメリカ。その約22日間の大いなる記録も最終回、ついに帰国の日を迎える。

主な登場人物

ゴセキ
Awesome &roid ベース、musitライター

タツル
Awesome &roid ヴォーカル/ギター

ショータロー
カメラマン

タカヒロ
Awsome &roid サポート・ギター

ケイシー・デイツ
The Velvet Teen ドラマー/Awsome &roid アメリカ・ツアーのサポート・ドラマー

ルームメイトT
Aタウンにあるケイシー宅のルームメイト/台湾人

* * *

最終日

午前5時。目を覚ます。荷物の最終確認をし、部屋を軽く片付ける。これまで10日間ほどお世話になった部屋。愛着しかない。またこの家に戻って来れたらいいなと思う。

朝早く出発するため、ケイシーとTには前日にお別れの挨拶をしておいた。こんな初対面のガキに部屋を貸してくれてドラムも叩いてくれて感謝しかない。せっかくだから手紙を残しておこうとタツルが提案し、2人で手紙を書いた。私の言葉はタツルが代筆してくれ、私はそれに絵を描き2人の手紙としてテーブルに置いた。

ショータローとタカヒロともここでお別れとなる。彼らは別の便の飛行機で帰ることになっていて、私たちよりも遅い時間のフライトのため、ケイシーに空港まで送ってもらう手筈となっていた。私とタツルは朝一番のフライトで帰国する。ケイシー宅から出る時、ショータローとタカヒロも起きてくれた。2人とは日本ですぐに会えるはずなのに、なぜだかこれが最後のような気持ちになる。「次に会う時は日本なんだね」と言うショータローの言葉で、さらに日本に帰るということを実感する。

まさかこんなにも帰国するのが寂しく感じるとは思わなかった。正直、1週間もアメリカいれば日本の気候や食事が恋しくなりホームシックになると思っていたのだが、そうはならなかった。いや、全くならなかったと言えば嘘になる。食べ物に関しては相当前から日本の料理が恋しかった。早く帰ってお米と味噌汁を飲みたい。

親友のマルも見送りに来てくれた。可愛いやつだ。Tから冗談で「日本に連れて行っていいよ」と言われていたが、本当に連れて行きたいと思ってしまった。

ショータローとタカヒロに見送られながら家を出発する。家の前でクジャクが散歩をしている。彼らともお別れだ。さようなら。落ちていたクジャクの羽を持って帰ろうとしたが、おそらく関税にひっかかり没収されるということだったので、悲しいがクジャクの羽は捨てた。

ロサンゼルスまでの道をタツルと最後のドライブをする。2人で今日までにあった様々なことを話す。

彼と出会ったのは18歳の頃、大学で知り合った。共通の友人にELLEGARDENを崇拝しているヴォーカルがいると聞いて紹介してもらい、流れでバンドを組んだ。そのバンドは大学卒業と共に解散し、一度はお互い別々の道を歩んだが、仕事に追われながら日々を過ごしているうちに何かが足りないという気持ちになり、また一緒にバンドを組むことなった。それがAwesome &roidだ。

出会ってから10年以上経って、まだ一緒にバンドをやっているとは大学生の時には思わなかったし、まさかアメリカ・ツアーまで成功させるとは想像もしていなかった。人生、何があるか分からない。だが彼のおかげで今日まで音楽を続けられているし、夢だったアメリカ・ツアーもできたのだ。普段は言えないがタツルには感謝しているし、何より尊敬している。

ロサンゼルス空港に着き、レンタカーを返却する。ロサンゼルスで過ごした2週間、私たちをたくさんいろんな所へ連れて行ってくれた2代目レンタカーのCARMYともここでお別れだ。この車だけで1,700マイル(約2,700キロ)も運転した。青森から広島を往復するくらいの距離だ。さらに最初の1週間は別の車でネバダやアリゾナに行っていたので、合計で一体何キロ運転したのか分からない。最初は右も左も分からない状態でやってきたアメリカで運転し、最終的にロサンゼルスの街中も難なく走れるようになったのだから、私も少しは成長したのだろう。日本に着いてから右車線を逆走してしまわないか本気で心配した。

空港で手続きを済ませ、荷物を預ける。あとは飛行機に乗るだけだ。なんとなく立ち寄った売店で、最後にピンバッチを買った。カリフォルニアのマークが描かれたお土産だ。きっとどの州にもあるのだろう。これからは訪れた州のピンバッチをコレクションしようと決めた。これが最後にならないように、またアメリカに来るために、自分で自分に約束をする。

搭乗の時間だ。席に着く。行きの飛行機はZIP AIRだったが、帰りはユナイテッド航空だった。ZIPよりも席が広かったし、まだ上映されていない映画も観ることができる。さらにお酒が無料で飲めたので、私は調子に乗ってワインをたらふく飲んだ。すると飛行機が上昇するにつれて酔いが回り、頭がぐわんぐわんと揺れた。そうだった、飛行機では普通よりもお酒が回りやすいということをすっかり忘れていた。酔っぱらった私は前日の寝不足もあり、あっという間に眠ってしまった。飛行機の中で最新の映画を観るのを楽しみにしていたのに、起きた頃にはもうほとんど日本だった。11時間ものフライトのほとんどを眠れたので良かったといえば良かったのだが、せっかく奮発して行きよりも良い飛行機だったのだからもう少し楽しみたかった。

帰りの空港にて

日本についてまず感じたのは、呆れるほどの蒸し暑さだ。汗が止まらない。最高気温で言えばアメリカの方が高いはずだが、ジメジメとまとわりつくような暑さのせいで、体感では日本の方が暑く感じた。それと同時に、ついに帰ってきたのだという実感も湧いてきた。

空港に着いてもすぐに帰ることはできない。長い廊下に並ばされて、PCR検査のチェック、検温、検診、アンケートの記入などいくつものチェック項目をこなし、全て異常なしと認められなければ日本の土を踏むことを許されないのだ。実際、事前に必要だったPCR検査をせずに飛行機に乗ってしまった人や、長いアンケートに苦戦する人が何人もいて、空港は軽いパニックのようだった。私とタツルはPCR検査はもちろん、アンケートも事前に行っていたため他の人より早く進むことができた。現在はPCR検査なども必要がないため、もう少し早く空港から出られるかもしれないが、私たちの場合でも30分はかかった。事前に何が必要か調べておくのが大切だろう。といっても、私の場合はタツルとショータローがしっかり調べていてくれたおかげであり、私とタカヒロは完全におんぶに抱っこの状態だった。申し訳ない。

こうして全てのチェックを終え、私たちは無事に日本に着くことができた。外に出た瞬間、じめっとした空気が身体にまとわりつき汗が出る。気候だけで言えば既にアメリカの方が断然過ごしやすく、私は早くも逆ホームシックになっていた。

私は友人が迎えに来てくれることになっていたため、タツルとも空港でお別れだ。この22日間、本当にお世話になったし助けてもらった。まだまだ積もる話もあるのでゆっくりしたいと思ったが、タツルは一刻も早く帰りたいらしく、挨拶もほどほどにさっさと電車に乗って帰っていった。いや、味気なさすぎでは!?と思ったがそれも彼らしい。それに、またすぐに会うことになるのだから、これくらい淡泊な方がいいとも思った。

1人になり、迎えに来てくれる友人を待つ。長時間の飛行機によるエコノミー症候群のせいか、はたまた飲み過ぎたワインのせいか、酷い頭痛に襲われていた。この感覚に覚えがあるなと思ったら、ちょうどアメリカでの初日も同じような症状だったのを思い出した。進歩がない。

何か飲もうと自販機でお茶を買う。飲んだ瞬間、私の中にある日本人の本能が目を覚まし、体中がカテキンに歓喜し震えるのが分かった。アメリカで飲んだ謎の甘いお茶ではなく、しっかりと苦みのある緑茶が私の血液となっていくのを感じる。あっという間にお茶を飲み切り、まだのどが渇いていた私は次にポカリスウェットを買う。お茶やスポーツドリンクがこんなに手軽に手に入る日本にいちいち感動した。

その後、迎えに来てくれた友人と合流する。14日にローズボールで行われた大型フリーマーケットのイベントで購入した謎のお土産を渡すと、とても喜んでくれた。正直、気味が悪いお土産だったので早めに手放すことができて良かった。

とにかく疲れていた私は早く帰りたかったが、どうしても和食が食べたかったので友人と近くの和食屋へ行き、海鮮丼と蕎麦と味噌汁を食べた。私はこの時のために生きていたのではないか、そう思えるほどに美味しく感じた。米と味噌汁でここまで感動できるのだから、やはり私は生粋の日本人だったのだろう。それもあってか、私は帰国してから2か月間はパンもパスタも全く食べなかった。きっと一生分の小麦粉を摂取したのだろう。アメリカは本当に楽しかったし、刺激的で、気候に関しては日本より過ごしやすかったが、食べ物と飲み物に関しては、日本に勝てる国はないのかもしれない。

久々の和食!

友人に家まで送ってもらい、風呂に入った。今日だけはしっかり湯舟にお湯をためて、肩までしっかりと浸かる。本当ならそのまま草津の温泉にでも行きたいほど身体が風呂を求めていたが、今はとにかく自分の家で休みたかった。

風呂から上がり、荷ほどきをしなくてはと思いスーツケースを開けた瞬間、嗅ぎ慣れた、何とも言い表せない独特な匂いが鼻につく。これがアメリカに着いた初日にタツルとショータローが言っていた「アメリカの匂い」というものなのか。その時は何を言っているのか全く分からなかったが、スーツケースや衣服に沁みついた香りは確かに「アメリカ」としか言い表せなかった。

なんだかスーツケースの中身を片づけてしまうと本当にアメリカ・ツアーが終わってしまうような気がして、早急に洗濯したい衣服以外は片づけずそのままにしてみた。決して荷ほどきが面倒くさくなったわけではない。確かにほんの少しはそんな気持ちもあったかもしれないが、アメリカの思い出を噛みしめるため、、、、いや、嘘をつくのはやめよう。本当はスーツケースを開けた瞬間にすべてが面倒くさくなってしまった。なんせ荷造りの時でさえあんなに大変だったのだ。疲れ切った今の私に荷ほどきができるとは思えなかった。

全てを明日の私に擦り付け、家のベッドで横になる。やはり自分の家というものは安心感が違う。瞼を閉じるとすぐに泥のように眠ってしまった。

こうして、正真正銘、22日間に及ぶ私の初めてのアメリカ・ツアーは幕を閉じたのだ。

* * *

思い返せば、本当に夢のような日々だった。実際、朝起きたらまた8月1日だったとしても驚きはしないと思う。

初めての海外旅行で、カリフォルニア中を車で移動し、ネバダやアリゾナにも行けた。美味しいものも不味いものもたくさん食べて、ホームレスに怯えて、社会的な問題について考えさせられた。本当にたくさんの人たちの協力のおかげでライブもできた。日本だけで活動していたら絶対に会えなかった人たちと出会えて、また会おうと約束することができた。間違いなく、これまでの人生の中で最も濃厚な22日間を過ごした。

そして後日、私とタツル、タカヒロ、ショータロー、シバの5人で集まり、ささやかな打ち上げをした。毎日顔を合わせていた私たちだったが、日本で会うのは久しぶりな感じがして不思議だった。尽きることのない思い出話に花を咲かせながら、私たちは未来についても話した。

「次はいつ行く?」

アメリカから帰ってきたばかりの私たちだったが、次の海外ツアーの予定をすでに考え始めていたのだ。そう、私たちのアメリカ・ツアーはこれで終わりではない。むしろ今回は足掛かりに過ぎず、本番はこれからだ。

次に行くのはニューヨークか、いや、カリフォルニアをもっと広く回ってたくさんの場所でライブをしよう。いっそのことイギリスなんてどうだろう。次はドラムも日本から連れて行こう。そうしたら正真正銘のフル・メンバーだ。

未来の話は尽きることがない。私は今でも英語はろくに話せないし、海外旅行はもちろん飛行機にだってろくに乗れる自信がない。だが、彼らと、Awesome &roidならどこへだって行けると確信した。

私たちの冒険は、まだまだこれからなのだ。

Goseki