『リリーのすべて』セクシュアリティについて思考するための、名作への手引き

『リリーのすべて』セクシュアリティについて思考するための、名作への手引き

現代では特にセクシャルマイノリティを題材に取り上げる映画も多くなり、作品を通して考えを至らせる機会も増えてきている。中でも筆者が鑑賞してきた作品の中で、特に構成の巧みさと俳優陣が見せた名演の観点から推薦したい映画である『リリーのすべて』を紹介したい。

映画『リリーのすべて』は、2015年に英、米、独で制作された伝記映画だ。監督は『英国王のスピーチ』(2010)で絶賛評を浴びたトム・フーパー、主演は『博士と彼女のセオリー』(2014)でアカデミー賞主演男優賞を獲得したエディ・レッドメインが務める。

1926年、デンマークの首都・コペンハーゲンで生きる画家のアイナー・ヴェイナーが、同じく画家である妻のゲルダ・ヴェイナーと暮らす間で内なる女性性を自覚し、のちに世界初となる性別適合手術を受けるまでを描いた本作。トランスジェンダーというセクシュアリティに対しスポットライトが当てられた、現代社会とリンクする作品に仕上がっている。

トランスジェンダーとはLGBTで表記される内の「T」に当たるセクシュアリティのことである。自らの性における自認(性自認)と周囲から認識される性が一致していない自分自身に違和感・嫌悪感を抱くトランスセクシュアル、異性の服装を身にまとうトランスヴェスタイト、狭義においては先に挙げたトランスセクシュアルの状態で外科的手術を望んでいない人も含まれ、それら全体を合わせた性的指向を指す。

本作の主人公であるアイナーは、作中で自らの心の内に潜む女性に気付き、次第に女性の服を好んで着るようになったり、曲線を帯びた柔らかな仕草を行うようになる。そして自身の「男性性」を消し、身も心も女性になることを望み、世界初となる性別適合手術を受ける決意をする。

本稿では主に、役柄に対し真摯なアプローチを行った主演エディ・レッドメインを始めとしたキャストをリスペクトする意味合いとして、繊細な演技を紐解くことによって得られる思考を綴っていきたい。

本作での役作りに対して、エディ・レッドメインは「最も苦労したのは外見の作りこみや女性の服を着こなすことではなかった。それよりもリリーの内面を確立することに苦戦した。それがいかに複雑か想像できるはずだ」とインタビューで答えている。

その言葉通り、外見は男性でありながら内面は女性という、1人の人間に対し2人の性別を演じている彼の演技は複雑を極めている。愛する妻の前ではアイナーという男性、それに反し自分の内側から滲み出てくるリリーという女性──エディ・レッドメインの演技は、シーンごとに2人の人物像を完璧に演じ分け、観る者を惹き込んでいく。

女性の服を着て美しく在ることに喜びを見出す時の表情、交差する己の性別に苦悩する感情の機微、喜怒哀楽を示すわずかな顔つきの変化などで、彼はアイナー/リリーが感じた心の苦しみと喜びを演じている。彼そして彼女は、いつでも自分らしく生きようとし、ラストの解放を望むリリーが妻に向けて囁くシーンで見せる圧巻の演技は、思わず息を呑んでしまう迫力を帯びている。

そんなアイナーに尽くし、献身的な妻を演じたアリシア・ヴィキャンデルの演技もまた同様に、トランスジェンダーの夫の行動をそばで見守る複雑な心境とそれでも彼への愛を信じ貫いた芯の強い女性として作中で魅力を放っている。その演技は性に限らず真摯に人を愛することの力と、その圧倒的な正しさを私たちに教えてくれる。アイナーにとって最も近しい理解者であり、自分を肯定してくれたゲルダという女性の存在と彼女が最後まで貫いた相手に寄り添える愛のかたちも、本作を観るうえでは注目すべき重要なセンテンスだろう。 

作中では、男性の外見をしながら女性の服装をしているアイナーに対し、差別的な発言をしたり暴力を振るったりする人物、また彼のかかった医者の中には「精神疾患」と診断する人物もおり、現在より100年以上前に生きていたアイナーがトランスジェンダーとして生きるうえでは様々な非難と差別の目が向けられ、苦しんだことに気付かされる。

実際、トランスジェンダー当事者は好奇の目にさらされ、今なお続く差別に苦しめられていた事実がある。トランスジェンダーに限ったことではないが、多くのセクシャルマイノリティ当事者は、現代において理解と受容の価値観が生まれてもまだなお差別と闘っているのだ。

私たち観客が考えを向けなければいけないのは、アイナーのような医学的に未開の地であり、理解が不十分であった時代にトランスジェンダーとして生き、そして性別適合手術を受けた人物が実在していたということ、そこから現代を生きる私たちは何を学び、考えられるのか、ということである。

深い余韻をもたらす美しいラストシーンが、厳しい人生を懸命に生きたリリー・エルベという人物の人生における1つのピリオドとなっていることで、それを観た観客にとって改めて1人の人間の尊厳について考えるきっかけになりうるだろう。

映画から学ぶことは数多くある。ぜひ本作のほかにも様々な人々の生きざまを描いた映画を観て、多様な生き方があるということ、それに対して理解のまなざしを向けることを学んでもらえればと思う。

安藤エヌ