『ミセス・ハリス、パリへ行く』他、映画の中の服とは何を語るのか──「映画衣装」という芸術
栄えある第95回アカデミー賞受賞式が日本時間3月13日に発表され、映画ファンが固唾を飲んで動向を見守った。今年はA24スタジオ配給の映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2023)が作品賞を始めとした最多7部門を受賞する快挙。主演女優賞を受賞したミシェル・ヨーは、アジア人女性初の栄冠に輝いた。
祝賀ムードが冷めやらぬ中、部門の一つである衣装デザイン賞──今年はMARVEL作品『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(2022)が受賞──に焦点を当てたコラムを執筆したいと思い立った。映画における衣装とは、時に作品の主体性を雄弁に語るものであり、生地やディテールの持つ説得力が演者の身体とフィットし、大きなメッセージを帯びることがある。

「精神」を纏う芸術として被服(衣装)を語ろうとするならば、今期の衣装デザイン賞にノミネートされた『ミセス・ハリス、パリへ行く』(2022)はぜひ押さえておきたい作品だ。
ディオールの美しいドレスに一目ぼれした未亡人・エイダが、ドレスを買いに行くために単身パリへと向かうというストーリーである本作の劇中では、実際のコレクションに使用された作品を始め、絢爛豪華なドレスたちがお目見えする。

「美を纏う、とはどういうことか」「オートクチュールを製作する人たちの思い」
そうしたテーマを内包した本作の衣装デザインを手掛けたのは、『マッドマックス 怒りのデスロード』(2015)、『クルエラ』(2021)などで敏腕をふるったジェニー・ビーヴァン。アカデミー賞衣装デザイン賞にこれまで何度もノミネートされ、三度受賞を果たしている彼女が衣装デザインを担当しているだけあって──『ミセス・ハリス~』の監督であるアンソニー・ファビアンは、彼女の『クルエラ』でのクリエイティビティを見て刺激を受け、本作に呼び込んだという──作中で観客の目を引く衣装は必見である。

『ミセス・ハリス~』と『クルエラ』に共通するのは、どちらも人々が内に持つ精神を衣装という外的芸術に反映させていることである。『ミセス・ハリス~』では美しさを、『クルエラ』では強さを。それぞれが人々にとってのエンパワーメントとして機能するように創造された衣装たちは、時に台詞(言葉)やアクション(行動)を凌駕するほどの力強さをもってして、それに関わる人間たちを牽引していく。2作を観た今、改めて衣装というものが人にもたらすエネルギーを感じると共に、声なきものに声を持たせるジェニーの技術に感服せざるを得ない。

また、衣装について考えることは、キャラクターの精神性について思考を巡らせるだけでなく、市井の人々が生きた時代のバックグラウンドを知ることにも繋がる。第92回アカデミー賞において衣装デザイン賞を受賞し、往年の名作文学『若草物語』を再解釈したグレタ・ガーウィグ監督作品『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2020)もその1作だ。

主人公のジョーは小説家を志望するマーチ家の次女。男性は男性らしく、女性は女性らしくといった生き方が提唱されている時代に、彼女はしなやかに自分らしく生きようとしていた。そんな彼女の姉であり長女のメグは、女優の才能があるが望むのは安定して家庭を持つこと。三女のべスは優しい性格で姉妹を癒しながら流行り病と戦い、四女のエイミーは自身の信じる形で、マーチ家の幸せを追い求めていた。四姉妹それぞれが時代に生き、各々の信じる生き方が交差する物語である。
姉妹たちが生きた時代は、男女間における役割の区別がはっきりと付いており、且つ女性らしさが求められた時代だ。「クリノリン」と呼ばれるスカートを膨らませる骨組みの下着を着用し、ふんわりとしたシルエットのドレススタイルが主流となった。劇中でもたっぷりと布を使ってドレスを広げ、女性らしさを演出する「クリノリン・スタイル」が登場する中で、姉妹それぞれの性格や生活スタイルに合わせた着こなし方が見られる。
物語の主人公・ジョーは男勝りで姉妹の中でも人一倍自由を求めていた人物。そんな性格に合わせて、「彼女はいつも強い色の服を着ているの」と衣装デザイナーのジャクリーン・デュランは語る。長女のメグに対しては「ロマンチックで、演劇とドレスを愛していて、中世のおとぎ話も好きだから、当時流行っていたゴシックのリバイバルにすることにした」とも。

劇中で病と闘う描写の見られる三女のベスには、身体を締め付けるコルセットを避け、ゆるやかなシルエットのディテールが採用された。流行に敏感で最先端のものを追いかける感性を持った四女のエイミーは「いちばんおしゃれ」とデュランに言わしめるほど、姉妹のなかで最もドレスのディテールやヘア・スタイルに凝っている。
当時の流行をベースにしながら、物語の主幹とも言える「四姉妹それぞれの生き方」にファッションを落とし込んだ本作は、ノミネートされた5作品の中から見事アカデミー賞衣装デザイン賞の栄冠に輝いた。洗練されていながら慎ましやかさも感じられるマーチ姉妹やその周囲の人物たちの装いに注目して観ていただきたい。
アカデミー賞発表のタイミングで2作を例に挙げ、衣装の観点から作品を読み解いたが、映画鑑賞において音楽・美術などと並び衣装の観点で考察・分析することは、私たちに新たな側面で映画の深みを教えてくれる。ぜひ本コラムを読んだ後には、お気に入りの映画に登場する衣装について考えを巡らせてみていただけたら幸いだ。
安藤エヌ
