フェイ・ウォン(王菲)はドリームポップの伝説か──コクトー・ツインズとの蜜月がもたらしたもの

フェイ・ウォン(王菲)はドリームポップの伝説か──コクトー・ツインズとの蜜月がもたらしたもの

「歌姫」と呼ばれるシンガーは世界のどの地域にもいるだろう、アイスランドにはビョークがおり、カナダにセリーヌ・ディオン、日本では美空ひばり、台湾ではテレサ・テンが挙げられる。今回紹介するのは中国・香港の歌姫であるフェイ・ウォンこと王菲だ。ロック好きの僕がわざわざ彼女を紹介するのは当然、彼女がその方面から見て面白いキャリアを持った歌手だからである。特に、80〜90年代のロックが好きな人にとって彼女はあまりに素晴らしすぎるシンガーソングライターなのだ。

フェイ・ウォンのロック志向の前触れ

北京に生まれ香港へ移住したフェイ・ウォンは、1992年に中島みゆき作曲の「ルージュ」をカバーした「容易受傷的女人」の大ヒットから一躍香港を代表する存在になった。そして広東語で歌謡曲を歌う北京から来た少女は、後にロックの側面でカルト的に支持される伝説の歌姫と化すが、如何にしてその場所に辿り着いたのだろうか?

『胡思亂想』(1994)

フェイ・ウォンは女優としても活躍し、映画『恋する惑星』のヒロイン役としても知られており、94年、同作の挿入歌にもなったクランベリーズ「Dreams」のカバー、「夢中人」が収録されたアルバム『胡思亂想』がリリースされる。ここから彼女はオルタナティヴ・ロック(特にドリームポップ)の方向へ舵を切っていくことになる。

本作のオープナートラック「胡思亂想」は言わずと知れたコクトー・ツインズ(Cocteau Twins)「Bluebeard」のカバー曲。幽玄なサウンドメイクや、エリザベス・フレイザーの乱高下するような独特なヴォーカルはそのままに、フェイの明るく突き通る声質によってアルバムを代表する曲へと変貌した。また5曲目の「知己知彼」でも同バンドの「Know Who You Are at Every Age」がカバーされている。

だが、これらの非常に高品質なカバー曲に劣らずドリームポップの真髄を突いているのが2曲目の「誓言」。この曲はフェイ自身が作曲を手がけたアルバムで唯一の曲である。明らかに当時のドリームポップを意識した曲作りであるにも関わらず、要所でオリエンタルな息吹が垣間見え、羽化直前のようなバランスが非中国圏の音楽ファンにとっては興味深いものとなっている。

『討好自己』(1994)

『胡思亂想』と同年、半年後の12月にリリースされた『討好自己』では、フェイ自身が作曲を手がけた楽曲が2曲収録されている。5曲目の「出路」は未発達なテクノ・フレーバーにヒップホップ風のスポークンワードで構成されており、どこかビリー・アイリッシュを彷彿とさせる1曲(しかしどこからともなくアジアの雑踏の匂いもする)。

対して、表題曲で1曲目の「討好自己」は、この翌々年にリリースされるキャリア屈指の名盤『浮躁』で必要不可欠であるドリームポップ〜カントニーズポップ(=広東語で歌われるポップス)の作曲スタイルを完全に自らのものにしており聴き逃すことはできない。また、3曲目の「為非作歹」はザ・サンデイズの「Here’s Where the Story Ends」をカバーしている。このようにフェイ・ウォンは多くのカバーを通して力強い歌唱をものにしていったのだ。

最高傑作『浮躁』(1996)

三猿を模した27歳のフェイの写真から、「見ざる聞かざる言わざる」のうち「聞かざる」以外を配置した、ある意味「聞くべき」と主張するようなアルバム『浮躁』はフェイのキャリアの中で唯一と言っても構わない、彼女による彼女のアルバムだ。

ここまで提供曲とカバー曲で名を上げてきたフェイだったが、徐々に自身の作曲スタイルを固めつつあった《Cinepoly》との契約末期の1996年、ある程度の自由を許され、キャリアで唯一、アルバムの大半の作曲を自身で手がけるという野心的なアルバムをリリースした。10曲中、インスト曲とコクトー・ツインズによるプロデュースの2曲以外を全てフェイ・ウォン本人が手がけており、それらの全てが強くドリームポップの影響を受けている。

アルバムは、仏教徒であるフェイが彼女なりの真理をスートラのように歌い上げる「無常」で幕を上げる。ある夜ふと目を覚まし窓の外を眺めるように、彼女はなかなか理解できない言葉で「憂いの中にある喜び、美しいものに隠された荒涼」と我々に語る。フェイが「無常」とゆっくり呟くと、アコースティック・ギターに絡んでいたシンセサイザーの音は爆発する、思わず天を見上げるような強いパンチだ。「ジッと世界を睨んで。失望の中に希望を見つけたでしょう?急がないと!」と彼女は君に言うだろう。

音楽が立ち上がり、駆け足になり始める2曲目でタイトルトラックの「浮躁」。クランベリーズへの愛も分厚いこの曲は、ちょうど秋の高揚/焦燥を主題にしている。かなりの量の映像がネットに散らばっていることからもライブで度々演奏されていたことが想像できる。印象的に繰り返される意味のない「ラ・ジャー・ボー」という歌詞はとにかく浮足立つ秋を目の前に浮かび上がらせる。

“いつも通り退屈な9月はトラブルばかりで万事順調です ”
──「浮躁」

また、4曲目「分裂」と8曲目の「掃興」の2曲をコクトー・ツインズ自身がフェイのために書き下ろしているという事実も特筆すべきだろう。『浮躁』のリリースが、コクトー・ツインズの8枚目にしてラストアルバムである『Milk & Kisses』の半年後だったことを考えると、おそらく9枚目が噂される中でコクトー・ツインズのガスリー、レイモンドがフェイ・ウォンのために楽曲を書き下ろしていたことになる。作曲からヴォーカル以外のレコーディング・編曲までを彼らが行い、しっかりアルバムにもクレジットされている。

ただ、実際コクトー・ツインズとフェイ・ウォンの間に対面での交流はなく、全てはフェイ・ウォンのレーベルを通じたラブコールにコクトー・ツインズが興味を示し愛で返したという形だが、『胡思亂想』のカバーからも想像がつくようにどちらの曲もコクトー・ツインズの後のセルフカバー「Tranquil Eye」「Touch Upon Touch」よりも原曲としてインパクトあるものとなっている。ちなみに、『Milk & Kisses』一部限定盤の「Serpentskirt」ではフェイ・ウォンとエリザベス・フレイザーが録音上で共演している。

フェイ作曲の楽曲も、かなりコクトー・ツインズの影響を受けており、どの曲がどちらのものか分からなくなるほどだが、90年代初頭のコクトー・ツインズらしさと、クランベリーズやケイト・ブッシュの赴きまで感じられる曲があれはそれは大方フェイの作曲だろう。

(※参考:Nostalgia: Faye Wong x Cocteau Twins

『浮躁』以降のフェイ・ウォン

『浮躁』は唯一彼女が大半を作曲したアルバムと先に述べたが、売り上げはそこまで伸びなかったようで、以降は再び歌謡曲的な提供楽曲の中にフェイの書くロック&ポップスが控え目に配置されるという状況に戻っていく。そのためアルバムに一貫した方向性のあるものに慣れているタイプの音楽ファンからすれば、まとめてアルバムを聴くことはかなり難しい行為になっていくだろう。そこで、プレイリストを作った。以下、聴くべき曲の一覧とその簡単な解説である。

「悶」(from『王菲 1997』)

オルタナポップな曲をあまりに可愛すぎるフェイの歌声が貫く。女性らしさに囚われないロックとは反対の魅力があり、それもまた自由な表現の一部であると惚れ惚れさせられる。アイドルがオルタナを歌う図の珍しさは絵もあって完成すると思われるので、1999年の武道館公演の映像を推奨。

「娛樂場」(from『王菲 1997』)

コクトー・ツインズが作曲、ヴォーカル以外のレコーディングを担当。彼らは8th『Milk & Kisses』以降、制作が噂されていた9thアルバムを発表せずに解散したため、この曲がバンドにとっても最後の仕事である可能性が大きい。当然、コクトー・ツインズ自身によるセルフカバーも存在していない。

「感情生活」(from『唄遊』)※フェイ作曲

一般的な中国語Wikiなどを見る限り、私生活の交際関係を説明する欄の題が「感情生活」となっているものが多い。そのため、この曲名も感情的な生活というよりは、恋愛生活、恋愛遍歴という意味合いかと思われる。しかし、日本語的に「感情生活」と聞くとかなりカッコいい単語であるように思える。この曲はドリームポップのようなイメージもありながら、より幅広いロックに手を伸ばしており、アウトロではニルヴァーナのオマージュも。

「瞼」(from『唄遊』)※フェイ作曲

このアルバムで最もドリームポップな楽曲。これまでのどの作品で見たドリームポップ系譜の曲よりも、どこか地に足をつけた落ち着いた作風となっている。

「小聰明」(from『唄遊』)※フェイ作曲

筆者イチ押し。これまでもテクノ趣味のアレンジを押し出したフェイの作曲は見られていたが、この曲ではその趣味がドリームポップと上手く嚙み合い一種のロック期フェイ・ウォンの集大成となっている。ケイト・ブッシュのように歌にパワーのある彼女のキャラクターを前面に押し出しており、壮大な展開にものを言わせている。打ち込み特有のベース音の残響や、ゆっくりと押し広げていく様にはスロウダイヴ『Pygmarion』のような心地良さも。

フェイ・ウォンの近況

2003年にショービズ界での活動を休止したフェイ・ウォンだったが、2010年に活動を再開。現在は不定期でツアーを行い、単発のライブやシングルリリースのみ、という活動に留まっている。映画主題歌などで提供された曲を歌い、公開される度に中国の様々な記録を更新しており、まさに国民的歌姫だ。

しかし、自身の作曲によるものは1曲のみしかリリースされていない。ほとんど引退状態なので致し方ないが、現在90年代のフェイの音楽に対する再評価も起こっているのでいつの日にか、再び『浮躁』のような弾けるようなロック・アルバムを作ってくれることをひそかに期待したい。

鈴木レイヤ