2021年、2つの「ギフテッド」──GRAPEVINE「Gifted」 / BE:FIRST「Gifted.」

2021年、2つの「ギフテッド」──GRAPEVINE「Gifted」 / BE:FIRST「Gifted.」

2021年、コロナ禍は終わらなかった。2020年、「コロナがなくなったら」を枕詞に、無数の約束/願い/祈りがなされ、そのほとんどがあっけなく潰えてしまったのではないだろうか。

あらゆるものが変わっていく。変わらざるを得ないかのように執拗に繰り返される「ニューノーマル」などのフレーズ。簡単に焦土と化すSNS。ありふれた漫画のように、気づけば最大の敵が人間に変わっている。鼻と口を隠して本性をあらわす悪意。日々をやり過ごすための、ほんの少しの聖域が損なわれる。長過ぎた内省がその人の本心を暴いたり、歪めたりしただろう。

そんな2021年、「ギフテッド」という2つの楽曲がリリースされた。

1つは、ロック・バンド、GRAPEVINEの「Gifted」。そしてもう1つは、ボーイズ・ユニット、BE:FIRSTの「Gifted.」。何かの偶然に違いないのだが、同じ年に、全く違うシーンで、同じタイトルの楽曲が世に出た。そして私は、どちらの楽曲を聴いた時も心を動かされた。特に批評の能力も論理的思考力もなければ、(まがりなりにも音楽をやっていながら)楽曲分析もできない私の視点からで恐縮だが、これら2つの楽曲について、主に歌詞の面から考えてみたいと思う。

GRAPEVINEについて

1993年に大阪で活動を開始し、1997年にポニーキャニオンからメジャーデビュー、2ndアルバム『Lifetime』がTOP3にチャート・インしたロック・バンド、GRAPEVINE。

現在までに17枚のアルバムをリリースしており、今回の主題である「Gifted」は今年5月にリリースされた最新作『新しい果実』に収録されている。年を重ねるごとに深みを増す圧倒的な歌声、王道と変化球を横断するメロディを芯に、あらゆるジャンルをリファレンスにした幅広いアレンジが特徴だ。

Gt&Voの田中が書く歌詞は(個人的にとても嫌いな表現だが)「文学的」と評されることが多い。時期によって多少の違いはあるものの、メロディに対する言葉の乗せ方に文体を感じる。理性的かつ丁寧に心情が描写される一方、音韻に合わせてコミカルな、歌詞には使いづらいような言い回しをあえて選んでおどけてみせることもあるが、そのフレーズが、真理を突いているように感じられる。楽曲内では独白体・一人称の口語体で書かれていても、それらが寓話として綴られている(ように読める)ので、一般的な歌詞より多様な解釈ができるのも特徴だ。

BE:FIRSTについて

GRAPEVINEと並んで紹介されることが史上初かつ金輪際ないと思われるので、なるべく丁寧に説明しようと思う。

ダンス&ヴォーカルグループ・AAAのラッパー、且つソロ・アーティストとしても活躍するSKY-HI(日高光啓)が2020年、音楽マネジメントレーベル《BMSG》と、レーベル《B-ME》を設立した。そして、自腹で1億円以上を投じてオーディション『THE FIRST』を開催したのだが、本オーディションは指定のトラックを基に作詞/作曲をする「クリエイティブ審査」や、SKY-HIの考えや候補生とのやりとりなど、アプローチの仕方の特異さが話題となった。

BE:FIRSTは、このオーディションで合格した7名(SOTA、SHUNTO、MANATO、RYUHEI、JUNON、RYOKI、LEO)からなるダンス&ヴォーカルユニットだ。

今年11月3日にメジャーデビューし、「Gifted.」はそのデビュー・シングルにあたる。

それぞれが個性的且つハイレベルなパフォーマンスを見せるため、ソロでも活躍できるだけの実力者によって1つの作品が構築されているようで、歌唱・ダンスをあらゆる角度から楽しむことができる(そのため、さまざまな音楽番組を録画して歌い方・カメラワークによるダンスの見え方の違いを楽しめた)。

GRAPEVINEの「Gifted」

ここからは、先述した2つの楽曲──「ギフテッド」を歌詞の面から考察してみる。拡大解釈ばかりだと自分でも思うが、歌詞固有の余白はこのためにあると思っているので、恥ずかしがりつつ書いていこうと思う。

まずはGRAPEVINEの「Gifted」。鳴り響く重厚なドラムとフィルター系のエフェクトで捻じ曲げられた小動物の断末魔のような音色から始まり、不穏なシンセリフ……そして非常にシリアスかつ妖艶にも感じられるメロディと、終末感が滲む歌詞。これがアルバムのリード曲、しかも1曲目だったために、どんな内容になるのかという期待がファンの間でも多かったように思う。それまで2枚のリードトラックが、明るめで祝祭感や優しさのようなものを強く感じるものだったこともあり、ダークな曲が登場したことにかなり驚いた。

1A・1サビ・2A・2サビの構成で比較的シンプルな展開だが、邦楽的かというとそうでもない。前奏や間奏の尺は長く、シリアスな音色から楽器のアンサンブルを楽しむこともできる。

1A

‘‘若い私が見えないか 若い幾千の感受性を封じ込めて
思えば 光など届かなかったんだ
そう思えば 私の声なんて聞こえないか’’

1Aでは、現在から過去の自分に目を向けていると仮定する。

GRAPEVINEの歌詞に頻出する「光」という単語が、本楽曲では比較的ネガティヴなニュアンスで使用されるのも印象的だ。‘‘若い幾千の感受性を封じ込めて’’は、光が届かないように選択肢を狭め、自分で感受性を殺していたのか、あるいは若い頃の「私」を取り巻く状況が幾千の感受性を封じ込めていたのか。

‘‘私の声なんて聞こえないか’’という言い回しには、過去の状況に対する揶揄も含んだ諦観のようにも思えるし、若い頃の自分を思い返して、まあ仕方ないか……と懐しみつつ、やれやれと言って笑うようなニュアンスも感じられた。

1サビ

‘‘神様が匙投げた 華やかなふりをした世界で
去る者と縋る者と ここでそれを嗤っている者 どれもこれももういい’’

痛烈な表現ばかりが並ぶ。時系列で言えば、1Aと1サビは過去だろう。

既に世界は、何かを飾って誤魔化している。そこからいなくなることを選んだ人、世界に残り何かを欲して縋る人、そしてそれを鑑賞して愉しんでいる人。それらすべてに‘‘もういい’’と告げる1サビ。

「ここ」というのが具体的にどこを指すのか分からないが、歌詞における「私」と同じ場所にいる、と考えるとかなり複雑になる。さらに「笑う」ではなく「嗤う」、つまりポジティブなニュアンスが全くない。この歌詞の語り部と嘲笑する人が同じ場所にいることへの違和感を抱いたまま、続きを聴くことになる。 

2A

‘‘おまえの価値をくれないか 舞台は例のノリで虚構を演じている
そこでさ おまえの出番を待っていたんだ’’

「過去」を舞台に展開していた1A・1サビだったが、2Aからは「現在」に舞台を移した、と仮定する。それまで話者が呼びかけている対象は「私」だったが、「おまえ」に変わっている。‘‘例のノリ’’は過去(=1A)の時点から変わらず、虚構が演じられ続けていた。これを「おまえ」が変革者になりうると伝えているように思える。

田中に3人の子どもがいることもあり、「親の目線」が滲んでいるようにも感じる。この曲では、次の世代に何かを託すような、あるいは「おまえ」たちにその「価値」があることを伝えようとしているのかもしれない。

2サビ

‘‘神様が匙投げた 明らかに薹の立った世界で
狩る者と狩られる者と ここでそれを嗤っている者
どれもこれももういい さよなら’’

2サビにおける印象的なフレーズ‘‘明らかに薹の立った’’とは、もう誤魔化しが利かなくなってしまった世界を指しているように思う。1サビでは「去る者」「縋る者」と(原因が同じだとして)別々の動きをしていたのに対し、2サビでは「狩る者」「狩られる者」、つまり一方が一方を脅かす存在に変わってしまった。そして相変わらず、「私」と同じ場所で、苦しむ人々を嗤う者が存在しているのだ。

諫めるような‘‘もういい’’なのか、‘‘匙投げた’’に呼応するネガティヴな‘‘もういい’’なのか。ただ、2サビではさらに‘‘さよなら’’と付け加えられており、ポジティブに捉えるのがかなり難しい。

* * *

曲調と併せて全体を見ると、やはり終末感というか、どうしても諦観や絶望的な状況は過去から変わらず在り続けていて、それが現在目に見える形で誰かを脅かしているのだと描写されている。

ただそこに、「Gifted」というタイトルが付くことで「それでも、私/おまえたちはやれるんじゃないか?」という呼びかけも滲んでいるような気もした。あらかじめ与えられたのは厄災だけじゃない、変革をもたらしうる「光」も個々が持っているのだ、と。

ちなみに、この楽曲に対して田中は「あなたに光が届く時、世界が動き始めます。」とコメントを残している。そう簡単に届かないことも承知のうえで、それでも世界はまだ動かせるという、ネガティブなメッセージに終始しない、とても力強い一行だ。

BE:FIRSTの「Gifted.」

続いて、BE:FIRSTの「Gifted.」。

マーチング・バンドを彷彿とさせるビートで、シークエンス自体は細かく鳴らされているものの、4ビートとも言える悠大な曲だ。特に、オケの音に隙間を作ることによって生み出されるスケールの大きさが特徴的で、メロディからしてもだいぶダーク、しかしサビに入るとクールさを保ったまま熱量が上がる。

大抵のJ-POP(きっちり売れようとしている邦ロックも含まれる)に挿入される諧謔性のようなものがほとんど排されており、構成も単純なABサビの繰り返しではない。

真っ先に私が感じたのは、このグループで日本の音楽シーンに変革をもたらしたいという並々ならぬ意志だった。極端にK-POP的かと言われるとそうでもなく、日本でしか生まれない塩梅の楽曲だと感じる。

有観客でのライブは『SUPERSONIC』に続く2回目で、且つ初のワンマンライブでこのクオリティ、しかも音源よりヴォーカルが良いので本当に驚いた

この楽曲ではSKY-HIが作詞/作曲を手掛けており、その楽曲に寄せたコメントにはタイトルや内容について言及がある。

こちらも踏まえたうえで、歌詞を読んでいく。
楽曲の構成を1A・1B・サビ、(メロディが違うので1Cのほうが適切かもしれないが)2A・2B・2サビ・C3・サビとして、歌詞を見ていこうと思う。

1A

‘‘記憶に刻み込まれるその匂い
 指先触れる度に溶ける命’’

難しい単語は使用していないので、イメージはできるが何を指しているかいまいち分かりづらい。SKY-HIは『THE FIRST』の番組中、オーディションを開催した意図を様々なタイミングで言及していた。その際、「世界で通用するボーイズグループを作る」「日本一のアーティストにする」というような発言を候補生にしていたほか、「革命」という単語を使っている。

「Gifted.」の場合、作曲時にあらかじめテーマが設けられていて、そこに該当する言葉を選んで当てはめていくような作りではないかと推測する。どちらかというと、イメージと使用する単語にズレがなければ良いという箇所なのかもしれない。

ただ、このフレーズが「記憶」「匂い」「指先」「触れる」「命」と、体に関連するワードであるのに、像が曖昧であるということ自体がとても魅力的に感じる。

完全に恣意的な解釈だが、この言葉の並びから「戦争」という単語を想起してしまった。脳にこびりつくほどの匂いを伴う何かを目の前にしたこと、そして命の儚さ──悪くいえば軽さが感じ取られたからだ。MVやアー写のメインカラーが赤なのも影響したかもしれない。血のイメージはサビで「veins(=静脈)」が出てくるのが要因かもしれない。

戦争とまでは言わないまでも、なにか衝撃的な出来事を目の前にした経験のある「僕」の目線で綴られた歌詞なのだ、と考えている。

1B

‘‘たとえどんな色を見たって
 そこに君を足していたい
どこを探したって僕ら以上はもうあり得ないでしょう?’’

「君」に当てはまるのは、SKY-HIから見ればBE:FIRSTの7人、BE:FIRSTから見ればファンだと言える。物語を設定するなら、僕と君とは特別な2人だ、という宣誓かもしれない。「どんな色」は、清濁どちらでもありうる色で、そこに「君」がいてほしいということ。

また、楽曲全体に言えるが、すこし傲慢にも思えるようなフレーズが頻出する。ただ、楽曲の曲調や、変革者になろうという強い意志のようなものを根拠にしているので(この楽曲リリースまでの経緯を知っているからかもしれないが)、決して言い過ぎではないなと思える。言わないとやってられないのかもしれない。

サビ

‘‘We just gifted
 見たこともないくらい
You already know we just gifted Let me glow in your eyes
We just gifted
 言葉じゃ足りないくらい
You already know we just gifted Let me glow in your veins
We all gifted’’

本楽曲内でサビにあたるパートは3回登場し、その全てが同じ歌詞の繰り返しだ(2サビは省略されて尺が半分)。私たちには皆何かしらの天賦の才がある、という宣誓もしくは鼓舞の繰り返しなので、ネガティブなニュアンスはほとんど感じられない。ただ、これだけ連呼していると「誰もがみんな特別だ」というような当たり前を誰も信じられない/忘れてしまう時代を生きている人に向けられたフレーズに思える。あらかじめファンや音楽シーンそれ自体を牽引する意思を持って集まったグループだからこそこの表現なのかもしれない。

2A

‘‘これで終わりかい?
 先が見たきゃ Don’t be shy
まだ物足りない
 すべて僕のものにしたい
過去を捨て去るんじゃない
 今を光らせる My life
このカラダに刻みたい
 Baby, I know you’re mine’’

この部分はラップパートで、韻を踏むこと自体を重視しているのだろうな、と改めて歌詞を読むまで軽く見ていた。前述の通り、傲慢さが強く窺える(ラップ自体がそもそもこうした側面を持ったものかもしれないが)。

ただ、後に出てくる‘‘君という時代’’が全体に掛かっていると考えると、‘‘すべて僕のものにしたい’’‘‘I know you’re mine’’などのフレーズとも繋がりが見えてくる気がする。

2B

‘‘たとえ何度夢を見たって いつも僕は僕でいたい
どこを探したって僕ら以上はもうあり得ないでしょう?’’

変わらないというのも、スター的な振る舞いを求められる彼らには難しいことなのだろうなと思う。スケールアップしていく過程で何かを捨てることなく、今の自分たちの心のままで高みを目指したいという意思表示だろう。

また、夢という単語はいくつか意味を持つもので、夢を叶える度/眠る度自らを失っていく感覚があるのかもしれない。自らに言い聞かせることで標としようということかもしれない。

C

‘‘I’ve been waiting for you
愛し合いたいよ 君という時代と’’

2サビ、3サビの間に挟まるCで歌われる‘‘君という時代’’をこの楽曲の「You」や「君」に代入してみると、楽曲のテーマがどういうものか改めて見えてくる(1Aの「君」だけは当てはまらないと感じるが)。

そして、まだあくまで‘‘愛し合いたい’’という願望で止まっている。この時代から愛されるかどうかは分からない。時代の方を置いていく可能性もある。

私たちは何を与えられたのか

以上、2つの「ギフテッド」を読んでみて、ふと「Z世代」という単語が頭をよぎった。

調べてみると、サイトによってZ世代に該当する年齢は意外とバラバラで、一応1990年代後半~2000年代に生まれた人を指すという(私もぎりぎりZ世代に該当するらしい)。

この単語を初めて聞いたとき、「Zってアルファベットの最後だし、もしかしてこの世代で人間は終わるのかな?」と思った。思えば、生まれてこの方、一抹の終末感みたいなものは、ずっとあるような気がしていたし、コロナ禍でその気配は色濃くなった。

ちなみに、BE:FIRSTのメンバーも、GRAPEVINE田中の子どもたちもZ世代にあたる。

2つの「ギフテッド」に共通する要素の1つが、「親の目線」だ。田中で言えば自分の子供に限らず、今を生きる子供や若者に向けられている。音楽を手段として直接手を貸すことも、革命を煽るようなこともしない。親の立場から「背中で語る」ように、楽曲を提示している。

SKY-HIの場合は、BE:FIRSTの生みの親として、メンバー7人に向けられている。才能と出会えたこと自体を「ギフト」とし、それに対する感謝を楽曲で返し、且つ野望をステートメントとして提示しているように思える。また、かつての自分を直接楽曲に重ねて表現している部分も垣間見える。これは、BE:FIRSTとの関係性などが理由だろう。

「ギフテッド」、才能、天から与えられたものについて考えていた時、『呪術廻戦』に登場する「天与呪縛のフィジカルギフテッド」というフレーズや「親ガチャ」という言葉も、比較的「与えられたもの」に近しい意味の単語に思えた。

「天与呪縛のフィジカルギフテッド」は、作中のキャラクターが呪力を与えられなかった代わりに脅威的な身体能力を身に付けることを指す。あらかじめ与えられなかった才を補う別の才を体に宿しているということだ。

「親ガチャ」の場合は、先天的な要素を含む、自分ではどうしようもない状況に対して、何かを言いたくなるような時期がここ数年で増えているのかもしれない。

いま、運命のような、自らの手ではどうすることもできない要素に対し、あらゆる人が何かしらの反応を示したくなるタイミングにあるのかもしれない。

おわりに

歌詞について考え、それを言語化しようとする過程で、私がなぜこの楽曲に惹かれたのか、というのを思い出した。

GRAPEVINEの「Gifted」の場合は、コロナ禍の収束がいつになるのかわからない不安の中で、シリアスで美しいメロディ・アレンジと共に、長く変わらずある世界の気配を描写してくれたことに対してだった。

BE:FIRSTの「Gifted.」の場合は、リアルタイムで追っていたオーディションに勝ち残ったメンバーが、こんなに媚びがなく一筋縄ではいかない楽曲で変革の一歩を踏み出したことに対してだった。

そして、2つの楽曲をどんなに前向きに捉えようとしても、何かの終わりや修復不能な綻びが滲んでいる事実から目を背けることはできなかった。

デジタルネイティブ世代が天から与えられたのは、個々の才能だけではない。高度に発達した技術やあらゆるものに簡単にアクセスできるようになった利便性、そして「薹の立った世界」という初期設定。大なり小なり変革を起こし続けなければ崩壊してしまうような状態の世界を、私たちは生きているのかもしれない。

自らを呪いたくなるような現実と対峙したとき、その渦中で自らを鼓舞したいとき、これらの楽曲が脳内や耳元で鳴りつづけるのだろう。

また、この2曲を聴き比べながら、これからどう生きていくかをぼんやり年の瀬に考えるのも、一興かもしれない。

 

◯執筆=Fg(butohes)

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butohes

都内を中心に活動する4人組ロック・バンド。幽玄なギターワークと水や重力を彷彿とさせる低体温な歌詞、またシューゲイザーやポストロック、アンビエントを絶え間なく行き来する楽曲群が早耳の音楽リスナーを中心に話題を集め、今年6月には初の音源集となる『Lost in Watercycle』をリリースした。バンド名は日本の前衛芸術「暗黒舞踏」に由来する。

(写真L→R)
Kanju Inatsug(Gt,Cho)
Naoto Fg(Ba.)
Michiro Inatsug(Gt,Vo)
Kate Yonnesz(Dr.)

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butohes
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Twitter:@butohes_japan

 

musit編集部