初心者のためのシューゲイズ講座 【My Bloody Valentine 前編】
ここ数年、シューゲイザー・シーンが国内外で盛り上がりを見せており、歓喜している方も多々おられるかと思います(何を隠そう完全に筆者がそうです)。一方で、「シューゲイザー」という言葉は聞いたことがあっても、どのような音楽なのか知らない方もいらっしゃるでしょう。中には「どのバンドから聴けばいいのか分からない」という声もきっとあるはず。
そこで! そんな皆様にシューゲイザーの魅力を知っていただきたく、シーンの代表的なバンドを挙げてその魅力をお伝えしようというのが、今回の連載の目的です。皆様のシューゲイズ・ライフの入口になれば、これ幸いでございます。
そもそもシューゲイザーとはどういう音楽か?
80年代末から90年代前半にかけて登場した「シューゲイザー」というジャンル。その定義や解釈は人によって若干異なる部分があるように思いますが、そこに共通するのは「多数のエフェクターを駆使した歪んだギターと、甘美なメロディやヴォーカルが特徴」という認識でしょうか。演奏中は俯いて足元のエフェクターを見ながら操作することから、その様子を揶揄して「shoe(靴)」を「gaze(見つめる)」する意味で「shoegaze」という言葉が生まれ、それがジャンル/シーンを指す名称として定着しました。
シューゲイザーと言えば、やはりマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(My Bloody Valentine)がシーンの代表格なのは間違いないでしょう。シューゲイザーに詳しくなくても「マイブラ」の略称は知っていたり、音源は聴いたことがあるという方も多いように思います。今回は、前後編に渡ってマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの魅力に迫っていきます。
My Bloody Valentineと『Loveless』(1991)の偉大さ

『Loveless』ジャケット
1984年にアイルランドで結成されたマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(以下マイブラ)。バンド名は初期の中心人物であったデイヴ・コンウェイ(Vo.)によって付けられました。当初は彼が志向するゴシック・パンクを鳴らしていましたが、やがて彼は作家としての活動に専念するため脱退します。
後にビリンダ・ブッチャー(Gt. Vo.)とデビー・グッギ(Ba.)が加入し、オリジナル・メンバーのケヴィン・シールズ(Vo. Gt.)とコルム・オコーサク(Dr.)と合わせた現在の編成になってからはギター・ポップ路線へと変化。そして、1988年リリースの1stアルバム『Isn’t Anything』では、狂気をはらんだノイジーで歪なギター・サウンドを聴かせ、マイブラとしてのアイデンティティを確立しました。
そして1991年。この年にリリースされた2ndアルバム『Loveless』は「シューゲイザーの金字塔」と評される名盤中の名盤です。膨大な製作費と時間をつぎ込んでケヴィンの理想とするサウンドを執拗なまでに追求したこのアルバムは、全編に渡って美しくも歪んだ轟音とそこに浮かび上がる甘いメロディを響かせ、その前人未到の強烈な音像は今日に至るまで無数のフォロワーを生み出し続けています。
冒頭を飾る「Only Shallow」。印象的なスネアのカウントからうねるように歪んだギターがなだれ込むイントロは、マイブラがマイブラたる所以を如実に示しています。
アルバムのラストを飾る「Soon」。あのブライアン・イーノに「ポップの新しいスタンダードになるだろう」と言わしめたナンバー。淡々としたダンス・ビートの上に轟音ギターとアンビエントなボーカルが乗る様はまさに「発明」でした。
『Loveless』が生み出すアンビバレントなサイケデリア
筆者が考える『Loveless』最大の魅力は、その「孤独感」や「拒絶感」が生み出す、何にも代え難い美しさにあります。『Loveless』は9割がケヴィン1人によって作り上げられたアルバムであり、彼のパーソナルなマインドと執念が色濃く反映されています。全体を通して、まるで周囲のもの全てを拒絶するように鳴り響く音は、ケヴィンの内に潜む強い孤独感と結びついているような印象で、さながら「心の壁」のようにリスナーの目の前に迫ってきます。
しかし、そのサウンドはリスナーを突き放すようであり、同時に不思議な包容力もあります。幾重にも重ねられ原型を失い、まるで耳鳴りのように響き渡るギター・サウンドは、母親の胎内にいるかのような感覚をリスナーに与え、それがある種の安心感を生み出し、睡眠へといざなうかのような力をも発揮するのです。
拒絶と包容。そのアンビバレントな要素が限りなく拮抗することで、『Loveless』はその美しい桃源郷のようなサイケデリアを生み出しました。これこそ、このアルバムがまさしく「唯一無二」であり、今なお評価され続ける証拠であると思います。
本人たちの意思はともかく、『Loveless』はシューゲイザーの定義そのものを決定づけた作品と言えるでしょう。筆者は冗談交じりでしばしば「『Loveless』を聴けばシューゲイザーのほとんどを理解できる」などと言うことが多いですが、あながち間違いでもないと思うのです。それほど驚異の完成度を誇っているのと同時に、他の追随を全く許さない怪物のようなアルバムです。
さて、ここまで熱弁しておきながら、マイブラは『Loveless』だけではないということもみなさんにお伝えしたいと考えています。しかし、それをこの場で書くとさらに長くなってしまうので、今回はこの辺で。次回の後編では、『Isn’t Anything』と『m b v』の2枚の魅力に迫っていきます。
對馬拓

