より良い未来へとアクセスする羅針盤--Major Murphy『Access』

より良い未来へとアクセスする羅針盤--Major Murphy『Access』

人生の岐路というものに、多かれ少なかれ、誰もが一度は立たされる。それは、どうしたって逃れることができない宿命のようなものだ。

生きていくということは、“彼”の言葉を借りれば<爆風>に晒されることに等しい。家の近所を気楽に散歩しながら、草の生い茂った空き地で開催される虫のオーケストラに耳を傾けたり、歩道の片隅に打ち捨てられたビニール袋の塊を猫と勘違いして声をかけたりして、ふとシューゲイズ気味だった視線を上にやると、嵐に巻き込まれ荒波に揺り動かされる小舟の上にいつの間にか立っている。現在地を見失い、途方に暮れる。

実は、誰もが不条理なストレンジャーなのかもしれない。堅実で安定したように見えていた人生も、楽しければ良いと思って遊び呆けていた生活も、何かの拍子に奪われるかもしれない。知らぬ間にくずかごへと放り込まれた自由意志。「好きな絵を描いていいよ」と言わんばかりに渡された真っ白なキャンバスは、誰かの悪意で真っ黒に汚される。

《僕の場合》

コロナ禍において、僕は大きな<選択>を迫られた。それは、今の仕事を続けるか、転職するか、というシンプルかつ困難なものだった。幸い、縁あって希望する職種に就けることとなり、こうしてPCのキーボードをパチパチ叩いているわけだが、2020年は僕にとって最も苦悩する一年だったように思う。

単純な二択に見えたが、実は様々な問題--金銭的な問題、健康的な問題、年齢的な問題、今後のキャリアを想像したときの問題など--が複雑に絡み合っており、結論を出すまでに随分と時間を要した。もっというと、決断を下す勇気もなかなか持てなかった。きっと、同じような岐路に立たされた人(あるいは今まさに立たされている人)は、決して僕だけではないだろう。

慣れ親しんだ職場を離れることに対して寂しさは募ったが、後悔はなかった。しかし、新しい環境に対して不安が全くなかったわけではない。そんな僕は導かれるように、ある作品と邂逅することとなった。少なくとも、この作品は僕の<選択>を、優しく肯定してくれている気がする。

《ジェイコブの場合》

米ミシガン州グランドラピッズを拠点に活動するロック・バンド、Major Murphy(メジャー・マーフィー)。彼らの2ndアルバム『Access』は、2018年の『No.1』以来、実に3年ぶりとなる作品だ。

Major Murphyは、それぞれ異なるバンドで活動していたジェイコブ・バラードとジャッキー・ウォレンが、ライブで共演したことをきっかけに出会い結成された。二人はやがて夫婦となり、2016年には第一子を授かっている。そんな彼らの1stアルバム『No.1』は、ガレージロックの残り香を感じられるサウンドを一発録りで収めたアルバムだった。

その点からすれば、『Access』は対照的な作品である。インディーロック〜サイケポップの影響を感じられるサウンドが、煌びやかで綿密なアレンジと細部までこだわったミックスでまとめられ、明らかにスケール感を増しているのだ。コーラス隊の参加やマルチ楽器奏者の加入も理由として挙げられそうが、これは単にそういった音楽的な志向の変化によるものではない。そのヒントは、どうやらタイトル曲の『Access』で登場する“Everything is make believe”というフレーズにあるようだ。ジェイコブはこのように発言している。

“「Everything Is Make Believe(すべてはまやかし)」というフレーズは、僕らの世界や生活において当たり前の現実のように思えることも、意識次第で変えられるということを語りかけようとしている。(中略)手短に言えば、どんな人にも、自分たちの人生を良いほうにも悪いほうにも変えて、作り出す力があるってこと。大変なのはその責任を受け入れて、その力と折り合いをつけることなんだ。”
--[INTERVIEW] Major Murphyより抜粋

また、ジェイコブはガレージロックとヴォコーダーを組み合わせた異色のナンバー『Attention』について、こうも言及している。

“僕はインターネットや世間一般のマスコミ、そういったものや人々が注目を競い合うやり方について考えていたんだ。途方もない量のお喋りやコミュニケーションが交わされているけれど、同時にたくさんのものが失われている。世界ではたくさんの混乱が起きている。たくさんの誤解と、失われた機会。この曲のサウンドで、僕はそうした混乱と、その中でコミュニケートするのはどんな感じかを表現してみたかったんだ。”
--Major Murphy『Access』国内盤ライナーより抜粋

人として、子を授かった親として、そしてバンドのフロントマンとして。ジェイコブはこの数年間、幾度となく複雑な<選択>をしなければいけない局面に、何度も何度も出くわしたに違いない。僕らは膨大な量の情報が可視化された社会を生きており、SNSを通して誰かの内面を知った気になっている。しかし、誰かが抱えている問題というのは埋もれがちで、とかく見えにくい。考えてみれば当たり前のことだが、どうも忘れがちなことでもある。

“このレコードを作る過程や、実際の音楽制作に関わること、そうでないことも含めて、その間に起こった経験を通して、僕は今、良い状況にいると感じているよ。曲を書いている時、僕はもっと深刻な仕事上の問題やアイデンティティ・クライシス、貧困や、親になること、健康や家庭にまつわる困難と向き合っていた。もしも君が不安定で神経質な人間だったら、僕の経験上、親になることでそれは爆風に晒される。”
--[INTERVIEW] Major Murphyより抜粋

ジェイコブは、そんな<爆風>ともいえる個人の問題を音楽に昇華し発信することで、社会とのコミュニケーション(もっといえば、リスナーとの対話)を図った。一見すると困難に思える現状でも、実は自分の力で変えられることを彼は訴えかけている。

ジェイコブが抱えた不安は、アルバムに通底する、どこか仄暗いムードとして表出している。それは、悩みを抱えたリスナーに寄り添うだけでなく、奇しくもコロナ禍ともリンクする結果となった。レコーディング自体は2020年の2月に終えていたようなので、決してパンデミックを意識した作品ではない。あくまでジェイコブの個人的な部分が顕在化したアルバムなのは前述した通りである。しかし裏を返せば、パンデミックは普遍的な問題を浮き彫りにした、と捉えることもできるだろう。

意図した文脈以上の価値が生まれるのは音楽の醍醐味であり、作品をより味わい深いものにしている。そんな瞬間に触れることで、リスナーの心も豊かになるはずだ。

《作品を補足する二、三の事項》

さて、Major Murphyに関する周辺情報を補完するため、Winspearについても言及しておく。彼らが所属するWinspearは、ニューヨークを拠点とするインディーレーベルだ。もしかすると見覚えのある読者もおられるかもしれない。実は、ここ数年で良質な作品を世に送り出している気鋭のレーベルだ。

2020年にリリースされたWinspearの作品といえば、やはり米マディソン出身のインディーロック・バンド、Slow Pulpのデビューアルバム『Moveys』のヒットが記憶に新しい。インディーフォーク由来の風通しが良いサウンドをドリーミーな感触でまとめたサウンドは、インディーロックのリスナーのみならずシューゲイズ・ファンの心も掴んだ。

同じく2020年には、米ニューオリンズ出身のデュオ、Video Ageが『Pleasure Line』をリリース。ファンクやAORといった要素をシンセポップと折衷したサウンドを展開し、“The Beach Boys meets Daft Punk”などと評され、各所で支持を集めた。また、2019年にはローファイ・ギターポップを鳴らすAmy Oの『Shell』、AORとドリームポップを織り交ぜたBarrieの『Happy to be Here』など、良質なインディーロックの諸作がリリースされている。

もっと遡れば、4ADからデビューする前のThe Lemon Twigsが、今や幻となった限定100本のカセットをリリースしたのもWinspearだった。また、Kevin Krauterの過去作がカセットでリイシューされていたりもする。

こうして俯瞰すると、どことなくレーベルカラーが見えてくる。インディーロックを中心に、ドリームポップやギターポップなど、周辺ジャンルとクロスオーバーさせたサウンドでシーンを彩っているのがお分かりいただけると思う。そんな豊かな土壌がWinspearにはあり、Major Murphyの『Access』も満を持してその仲間入りを果たしたのだ。

《悲劇のヒロイン、あるいは君自身の話》

バンドとも親交があり、ソロプロジェクト、Waxahatchee(ワクサハッチー)として知られるケイティ・クラッチフィールドは、『Access』をこう評している。

“『Access』は、岐路に立たされた時に生まれたアルバムよ。また、間違いなくその岐路に立っている人が経験するかもしれないことをサウンドトラックにするために、手に負えないほどの音量で爆発させるためのアルバムでもあるわ。”
--bandcampより一部引用、和訳

彼女の言っていることは、果たして大袈裟だろうか。僕がここまで書き綴ってきたことは、信憑性のないおとぎ話だろうか。そうは思わないし、思えない。

<爆風>は突然やってくる。当たり前だと思っていたことを放さなくてはいけない瞬間は、急に訪れる。大切な誰かと、やむを得ず自主的に別れることを迫られる。そして、それらはどれだけ備えていても防ぎ切れるものではない。ありがたいことに、誰しもが<悲劇のヒロイン>になり得る素質を持っているのだ。

しかし、何より大事なのは、“当たり前”だった過去の日々にすがるのではなく、その先をどう進んでいけるか、という意志の問題だろう。何もかも元に戻すのではなく、今を肯定し、変化していくこと。Major Murphyは、そんな力を音楽に託した。きっと『Access』という作品は、より良い未来へとアクセスするために、僕らが進むべき道を示してくれる“羅針盤”となってくれるはずだ。

* * *

RELEASE

Major Murphy『Access』

Label – Winspear / Tugboat Records
Release – 2021/04/02

※サブスクリプション他、各種リンクはこちら
https://tugboat.lnk.to/MM_Access

MV

『Access』Official Video

『In The Meantime』Official Video

『Real』Official Video

PROFILE

2018年、デビューアルバムとなる『No.1』をSlow PulpやBarrieなど、立て続けにヒットを連発するレーベル、Winspearよりリリース。
3年ぶりとなるセカンド・アルバム『Access』を同じくWinspear、そして日本はTugboat Recordsよりリリースする。岐路に立たされていることから産まれたこのアルバムは、“アルバム・フォーマット”が失われつつある今の時代には、異質ともいえるほど非の打ち所がない完璧な9曲で全てを表現している。また、メンバーのジャッキーは、Waxahatchee(ワクサハッチー)のバンドメンバーとしても活躍している。

 

(執筆:おすしたべいこ)

musit編集部