変幻自在な吟遊詩人、Jeb Loy Nichols(ジェブ・ロイ・ニコルズ) ──素朴さから滲むOn-U Soundの野心

変幻自在な吟遊詩人、Jeb Loy Nichols(ジェブ・ロイ・ニコルズ) ──素朴さから滲むOn-U Soundの野心

11月11日にOn-U SoundよりJeb Loy Nichols(ジェブ・ロイ・ニコルズ)のニュー・アルバム『United States Of The Broken Hearted』がリリースされる(日本盤はBeat Records)。

2022年は特に精力的に新作をリリースしているOn-U Sound。総帥Adrian Sherwood自身も、10月にアルバム『Dub No Frontiers』をReal World Recordsよりリリース。George ObanやStyle Scottなど、Adrian人脈の手練ミュージシャンの演奏をバックに、世界各地の女性シンガーが彼女たちの好きな曲を現地の言葉で歌った本作は、いずれ歴史的名盤に挙げられることになるであろう画期的な作品だった。

そして、On-U Soundとしてはおそらく本年のトリになるであろうJeb Loy Nicholsのアルバムリリース。しかし、ルーツ・レゲエ方面からもUKレゲエ/ポストパンク方面からも話題に上がることが少ないJeb Loy Nicholsとはいかなるアーティストなのであろうか?

『United States Of The Broken Hearted』ジャケット

孤高の吟遊詩人 Jeb Loy Nichols

Jeb Loy Nicholsのオフィシャルサイトには“Some Things About Jeb Loy Nichols”という名目で、彼にまつわる多数のエピソードが記載されている。その中からいくつか抜粋する。

彼はアメリカのワイオミング州で生まれ、ミズーリ州で育った。

「初めて自分のものだと思った音楽はサザンソウルだった。夜中にラジオを聴いていて、Bobby WomackやAl Green,、The Staple Singers、Joe Simonなど、ナッシュビル、メンフィス、マッスル・ショールズに惚れ込んだんだ。」

15歳の時、彼は初めてパンクのレコードを聴いた。Sex Pistolsの「God Save The Queen」である。「それとRamonesが僕を完全に変えたんだ」。

1979年、彼は奨学金を得てニューヨークのアートスクールに通うことになった。「素晴らしい時代だった。パンクは終わっていたけど、ヒップホップが始まっていて、夢中でそれにのめり込んでいったよ」。

1980年に初めてレコーディングしたのは、「I’m A Country Boy」という未発表のラップ曲だった。

1981年、彼はロンドンの友人を訪ね、気が付くとAdrian Sherwood、Ari Up(The Slits)、Neneh Cherryと一緒にスクワットで暮らしていた。

1990年にはOn-U SoundのMartin Harrison、歌手のLoraine MorleyとFellow Travellersを結成した。カントリー・ダブ・バンドのFellow Travellersは、4枚のCDを録音した。

1996年、初のソロ・レコードを録音。その後、10枚のソロCDを録音している。ローリングストーン誌は彼を“The high priest of country cool(カントリー・クールの大祭司)”と呼んだ。

彼の人生は充実しすぎていないし、決して空っぽでもない。 Adrian Sherwood、Dennis Bovell、Dan Penn、Larry Jon Wilsonとコラボレートし、10エーカーの土地を共有する動物たちと一緒に楽しんでいる。

彼は、執筆、アート制作、音楽制作、そして植樹を続けている。

それと上記以外では、1997年に公開されたマット・デイモン主演の名作映画『Good Will Hunting(邦題:グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち)』への楽曲提供も彼のキャリアにおいて重要と言えるだろう。

これを読むだけでも彼が多種多様なジャンルの音楽に影響を受け、様々なミュージシャンと交流を持ち、マイペースに創作活動していることが分かる。彼のことを吟遊詩人と呼ぶ人がいるのも頷ける。他にも興味深いエピソードが記されているので興味のある方はサイトを覗いてみてほしい。

なお、Adrian Sherwoodたちとの同居についてだが、ロンドンに渡る前のニューヨーク時代にThe SlitsのAri Upに出会い、その縁でロンドンに移ってからは彼らのスクワットに転がり込んだそうだ。それにしても、Ari嬢の多方面への人脈の広さたるや! なんたってお義父さんはJohn Lydonだもんな。

Adrian Sherwood
photo by Ishida Masataka

新作は親しみやすいようで、ある意味最も過激

新作『United States Of The Broken Hearted』は果たしてどのような作風になったのだろうか?

前作『Jeb Loy』(2020)では、七尾旅人や坂本慎太郎にも通ずるようなソウルのエッセンスもあるカントリー・ミュージックを。その前の『June is Short, July is Long』(2019)、『Country Hustle』(2017)は、G.Loveにも似たビート感を持ったモダンなブルースを披露した。更にそれ以前には、Dub Syndicateの秘蔵トラックをバックに歌った『Long Time Traveller』(2010)というド直球UKレゲエ・アルバムをOn-U Soundからリリースしている。

その時々に合わせて変幻自在に様々な音楽を取り込みながらも、確固たる「Jeb Loy Nicholsらしさ」を感じさせるのは、あえてどこかノリきらず、まるで俯瞰からモノを眺めているようなふんわりした歌い方によるものだろうか。饒舌じゃない、熱くならない、しかし温かみや優しさを持った歌声には親しみや癒しを感じる人も多いのではないだろうか。

この記事を執筆している時点で、アルバムから先行して「Big Troubles Come In Through A Small Door」「I’ve Enjoyed As Much Of This Good Life (As I Can Take)」の2曲が配信されている。

「Big Troubles Come In Through A Small Door」は、真っ白な雪に覆われた針葉樹の森に独り放り出されたような、無性に不安を掻き立てられる楽曲。チェロ、歌声、トランペットのハーモニーが美しい。

「I’ve Enjoyed As Much Of This Good Life (As I Can Take)」はスタンダードなカントリー・ナンバーでありながら、タイトなドラム・サウンドとダブ・マナーに則った緻密な音響処理、リヴァーブの効いたチェロが空間に溶けていく様は、「さすがOn-U! さすがAdrian仕事!!」と唸らされる。

役得(職権濫用?)で他の収録曲も聴かせてもらったが、変に構えず気楽に聴けるのがこのアルバムの良さだろう。それと同時にやはりOn-Uらしい、聴けば聴くほどエキスが染み出してくるような音響のマジックが土台としてある。ベースは筋肉質でドラムはタイト。そして普通のポップスではやらないであろう、微に入り細に入るエフェクト。どちらかといえば硬質な印象があるOn-U/Adrian Sherwoodの味付けが、ソフトなJeb Loy Nicholsの歌声に絡むことでこれまでの両者の作品にな無かった新たな境地を手に入れている。

Jeb Loy Nichols

ところで先日、On-U Soundの中でも最もレフトフィールドな音源として名高いThe Missing Brazilians『Warzone』(1984)のヴァイナルが再発された。素朴さもある『United States Of The Broken Hearted』とは対極の作風と言うこともできるだろう。

しかし脱構造主義がノーマルとなった昨今の音楽業界にあって、ある意味「親しみやすい」ということが実はとてもレフトフィールドであり、これからも続くOn-U Soundの歴史において、本作は2020年代のThe Missing Brazilians的存在となりうる作品なのかもしれない。

* * *

Jeb Loy Nichols『United States Of The Broken Hearted』

レーベル:On-U Sound / Beat Records
リリース:2022年11月11日

トラックリスト:
01. Monsters On The Hill
02. Big Troubles Come In Through A Small Door 02:55
03. Fold Me Up
04. I Hate the Capitalist System
05. No Hiding Place For Me
06. What Does A Man Do All Day 02:57
07. United States Of The Broken Hearted
08. I’m Just A Visitor
09. I’ve Enjoyed As Much Of This Good Life (As I Can Take)
10. Deportees
11. Looking For Some Rain
12. Satisfied Mind

商品ページ(BEATINK):
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13052

配信リンク:
https://jebloynichols.ffm.to/usotbh

仲川ドイツ